IPPI STYLE
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短編 ライブハウスにて
 春の香りが漂う弥生の空。
 ここは都心から少し離れた場所に位置する海沿いの街。
 早朝ということもあって、街のメインストリートは人通りもまばらだ。
 欠伸をかみ殺しながら、だらだらと歩くのは部活動へ向かう中高生たち。
 その脇を颯爽と追い越していく、休日出勤のビジネスマン。
 傍から見れば少し忙しない、通勤通学の風景。
 そんな街の片隅にひっそりと、小さなライブハウスが佇んでいた。
 この時間『CLOSED』と描かれた看板は、誰一人として気に留めることはない。
 遠慮がちに開かれたシャッターの前を、人はただただ通り過ぎていく。
 通りから聞こえる往来の雑踏。
 それを遮断するシャッターを越えた更にその先。
 木製の扉を境にして広がるのは薄暗いフロア。
 壁紙は所々剥がれかけている箇所はあるが、床はキレイに掃除されており、不潔な印象は受けない。
 夜は乱雑に散らかるイスやテーブルも、今はまとめて脇に重ねられている。
 人気もなく、がらんとしたフロアの最も奥。
 そこに広がるのは、ライトでまばゆく照らされたステージ。
 その中央で、一人の男性がギターを奏でていた。
 男性は額に汗をにじませ、一心に指を動かして音楽を創造していく。
 荒っぽくも、丁寧に紡がれていく旋律は決して聞き苦しくはない。
 表情も真剣そのもので、男性の音楽を好きだという本気の気持ちが、にじみ出ているかのようだ。
 情熱的に、かつ繊細なタッチのメロディがライブハウス内を埋め尽くしていた。
 人の気配と同時に、不意に木の軋む音が響く。
 フロア内に広がる音色が遮られ、終息を迎える。
 心当たりがあったのだろう、男性はステージ上で大きく頭を下げた。
「お疲れ様です」
 荒くなっていた呼吸を整えつつ、男は頭を上げる。
 そこに返ってきたのは女性の穏やかな声。
「今日も練習? 御苦労さま」
 声の主は、にこやかな笑みを浮かべながらステージに近づく。
 ウェーブのかかったロングヘアがライトに照らされ、きらびやかに輝いた。
 次いで薄手のカーディガンと、その下に納まる桜色のブラウスが露になる。
 そして袖から伸びる白い手の先にぶら下がる、小さな布袋。
「はい、これ」
「あっ、ありがとうございます」
 差し出された布袋を両手で受け取りながら、男性は再度頭を下げる。
 女性は口元を手で隠しながら、上品に笑った。
「いいのよ、私が好きでやってることなんだから。それに……」
 女性の視線が男性の顔からギターへと向けられる。
「夢を追っている人って、応援したくなるもの……それも、才能のある人間なら尚更」
「そっ、そんなことないですって。そりゃあ、ここを使わせてもらってるのは感謝してますけど、才能だなんて俺にはとてもとても……」
 謙遜して男性は首を横に振る。女性のことを意識しているのか、顔は紅潮し、耳まで真っ赤だ。
 その様を楽しむかのように、女性は艶やかな表情で言葉を繋げる。
「あら、私の言葉は信じられないっていうのかしら?」
「えっ、あっ、いえっ、そんなこと……ないです。断じて!」
 慌てて前言を撤回する男性。
 それを見た女性は、表情を穏やかな笑みに切り替えると、大きく頷いた。
「よろしい」
 女性はそのまま子供のような可愛らしい足取りでステージから離れていく。
「じゃあね。また今夜」
 入り口まで戻ったところで振り返ると、女性は小さく手を振って見せた。
 男性は呆けたような顔で、右手を小さく振って応える。
「……また、今夜」
 その様子を確認して、女性は今度こそ店を後にした。
 残った左手で布袋を大切そうに抱えながら、男性は彼女の背中を見つめ続けた。
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短編 KISS
 それは突然のことだった。
 唇を通して伝わる彼女の想いが、私の中で真っ白に弾ける。
 驚きや戸惑いといった感情は、どこかへ消え去っていた。
 むしろ彼女の唇の感触に、心地良さと幸福感さえ覚える。
 それは快楽の海で溺れるように際限なく、渦を巻くように大きくなっていって……。
 気が付けば、より強く彼女のことを求めていた。
 肩に置かれた手に力が入り、唇がより強く押し付けられるのがわかる。
 きつく目をつむり、顔を真っ赤にしている様は、真剣そのもので、とても可愛らしくも思えた。
 気持ちが高揚したせいか、心拍が激しくなる。
 頭の中にまで心音が響いて聞こえて、冷静な判断ができなくなりそう。
 このまま彼女を自分のものにしたい。彼女の全てが欲しい。
 心中でそんな想いを抱いた時には、私はもう彼女の背中へ腕を回していた。
 身体が離れないように固定をしたところで、唇の隙間へと自分の舌を滑り込ませる。
 瞬間、彼女は身体を強張らせ、驚きに目を大きく見開かれた。
 だがそれも最初だけ。
 彼女はすぐに身体を弛緩させ、目元を恍惚に染めた。
 受け入れてくれた嬉しさと愛しさに私は心を奮わせ、より深く彼女を求め始める。
 私の気持ちに応えるように開かれた彼女の口腔。
 その中でお互いの舌を絡ませ合う。
 舌伝いに感じる、彼女の味と体内の触感。
 粘液で覆われながらも僅かに感じる舌のざらつきに、私は彼女と内面から繋がることのできる悦びを感じていた。
 もう、彼女を感じること以外に思考が働かない。
 私は口腔に溜まった唾液を味わうように、舌を歯に這わせて愛していく。
 その度に彼女の身体がぴくんと跳ね、熱い呼気が漏れるのがわかった。
 彼女の唾液も、呼気も、何一つ逃したくなくて、私は口を覆うように密着させる。
 そして今度は彼女の舌を自らの口腔へと呼び込んだ。
 控え目に訪れた彼女の舌から、唾液を舐めとるように丁寧に愛撫する。
 自分の舌に絡みついた彼女の唾液は、口内に溜まった自身のものと混ざり合う。
 舌が動く度にピチャピチャとした音が体内で響く。
 だがその音が、二人の唾液の存在感をより強いものに感じさせた。
 私はじっくりと反芻するように、だが躊躇することなく嚥下する。
 二人の唾液は口から食道、そして胃袋へゆっくりと降りていった。
 彼女の体液を取り込んだことで私は妙な興奮を覚え、胸が熱くなるのを感じた。
 口腔の形状を確認するかのように動き回る彼女の舌も次第に積極性を増していく。
 歯茎や歯を撫でられた瞬間、頭中に痺れるような快感が走った。
 絶え間なく続く快楽の波。
 悶えそうになりながら、私も彼女の口腔を攻め立てる。
 止め処なく続けられる口付けの連鎖。
 どれだけの時間が経ったのかもわからない。
 永い口付けを終えて口を離すと、唾液が細く糸を引いた。
 改めて彼女の顔を眺めてみると、熱っぽい表情でこちらを向く。
 ちょっとやりすぎたかもしれないと、少しだけ反省する。
 そんな私の変化を読み取ったのか、彼女は私の手を取ると口端を上げた。
 彼女の純粋な笑顔に、落ち着きを取り戻しつつあった私の心臓が再び強く脈打つ。
 私は手を繋ぎ直し、半ば彼女を引っ張るような形で一緒に歩きはじめる。
 照れ臭そうに、でもしっかりと指を絡ませて握る彼女の横顔を横目に、私は温かな気持ちで胸が満たされていた。
短編 かみまち
「かみまち」

 暦(こよみ)は7月。日中は太陽の光がサンサンと照らしつけるが、夕方には暑さも和らぎ過ごしやすく、夏本番というには、まだもう少しかかりそうな時節(じせつ)。
 街行く人々も衣替(ころもが)えを終え、ワンピースの女性や半袖シャツのビジネスマン、Tシャツ一枚で駆けていく子供など涼しげな服装も、今では見慣れた風景となりつつある。
清水(しみず)加織(かおり)もそれに漏(も)れず、トップスは白いチュニックブラウスにトートバッグを肩から提(さ)げ、ボトムスはデニムのレギンスを着用。足元はサンダルという出で立ち。腕で目元に影を作りながら、額(ひたい)に大粒の汗を浮かべて街中を歩く。ふと目に付いたのは全国チェーンのカフェ。加織は腕時計で時間を確認した。時間は午後3時40分を過ぎたところ。バイトまではまだ時間がある。
「結構時間あいてるし、ちょっと休んでいこうかな」
 カフェは細い路地を1つ越えた先にあった。加織は路地を横切ってカフェへ入ろうとしたが――路地(そこ)にいた異様(いよう)な存在を前に、思わず足を止めた。

 それは1人の少女だった。可愛らしいキャラクターがプリントされたシャツに下はジャージで、歳は見たところ5,6歳といった感じだ。少女が首を傾(かし)げながら加織の顔を眺めると、ゴムで束ねた小さなポニーテールも一緒に揺れる。これだけならおかしなところなどない。
 加織が歩みを止めたのは、その可愛らしい少女が手に持つ――たどたどしい文字で書かれた「かみまち」というプラカードが原因だった。
 呆(ほう)けている加織に対して、不意に少女が口を開く。
「あなたはかみさまですか?」
  少女の言葉に加織は驚き、声を失う。辺りを見回してみるが加織以外に少女の声を聞いている人はいない。
加織は少女と目線が一緒になるよう体を屈(かが)ませ、苦笑しながら答えた。
「一応、大学生はやってるけど……神様では、ないかな」
「そっか……わかった」
 少女は残念そうな表情を見せるも、またプラカードを掲げ直して道行く人々を見つめ始める。もう加織のことなど眼中にないといった様子だ。取り残されたような気持ちになった加織は再び少女へと話しかける。
「あ、あなたのお名前は?」
「……うみ」
「うみちゃんていうんだ。お父さんとお母さんはどうしたの?」
「おとうさんはおしごと。おかあさんはしんじゃった」
 兎海(うみ)の言葉に加織は表情を強張(こわば)らせるが、すぐに申し訳なさそうな顔になって謝った。
「ご、ごめんね……私知らなくて」
「ううん、もうなれたから」
 表情一つ変えず首を横に振る兎海だが、加織は気まずそうな表情を崩(くず)せずにいた。そして、かける言葉が見つからず黙り込む加織の耳に、兎海の言葉が差し込まれる。
「――だから、待ってるの」
「待ってる?」
「かみさま」
 それまで硬い表情を保っていた兎海が、屈託(くったく)のない笑顔で笑った。加織の目には、神様を本気で信じる彼女の姿がとても印象的に映っていた。

「へぇ、そんなことがあったの」
「そうなんですよ。神様なんていないだなんて、とても言えなくて」
加織はため息交じりに言葉を吐く。なるほどねと相槌(あいづち)を打ちながら話を聞いていたパティシエの女性――関口(せきぐち)万里(まり)は声を弾ませて言葉を返す。
「そいつはご苦労さま。まぁ、コーヒーでも飲みなよ」
 万里がカウンター席に作り置きのアイスコーヒーを置く。グラスと中の氷がぶつかる音が涼しげに響いた。
「バイト時間中ですけど、いいんですか」
「店長いないし、別にいいって。私からのサービス」
「そうですか。なら、いただきます」
加織はグラスを手前に引き寄せながらカウンター席へと座る。店内に流れるジャズは会話の邪魔にならないよう控えめな音量。壁や床の配色からテーブルの材質まで、自然を意識した落ち着いた内装はアルバイトの加織も気に入っていた。普段ならくつろぎの時間なのだろうが、兎海のことが気になっている加織にとっては気が休まらなかった。
ぼうっとした思考のまま、加織がストローに口をつけようとする。その瞬間、万里が慌てた様子で口を挟(はさ)んだ。
「あっ、こぼさないようにね。汚したら面倒だから」
「あっ、はい?」
 加織の半(なか)ば聞き返すような返事。加織の服装はというと、私服の上にエプロンをつけただけだ。たとえ汚したとしても店長もおおらかな性格だし、怒られる心配はない。首を傾げる加織に対し、万里は心配そうな表情を浮かべながら口を開く。
「いやさ、その中のほう」
 万理がエプロンの中を指差すジェスチャーを見せる。そこでようやく加織も意図を汲(く)み取り、大きくうなずいた。加織の私服は白いブラウス、汚れたら確かにまずい。
「あっ、はい。気をつけます」
「白は汚れが目立つからね、気をつけるに越したことはないよ」
 万里は満足そうに笑うと、七夕フェアのメニューどうしようかしら、などと楽しそうに自分の作業に戻っていった。
「うみちゃん、か……」
 今日であった不思議な少女のことを考えながら、加織はグラスの中のコーヒーを口にするのだった。

 翌日。空は雲で覆(おお)われ、日中であるというのに涼しさを覚える。
 加織もトップスは長袖(ながそで)のカットソーへと姿を変えた。ボトムスのデニムも足元まで伸び、サンダルはスニーカーに。そしてトートバッグを大事そうに胸元に抱えながら、昨日と同じ道を歩いていく。
 ただ歩いているだけなのに、加織の顔には自然と笑顔がこぼれる。脳裏(のうり)には昨日の出来事が鮮明(せんめい)に思い起こされる。

 就業時間(しゅうぎょうじかん)も終わり、加織は帰り支度(じたく)をしていた。そこへ現れたのはケーキの包みを持った万里の姿。戸惑う加織だったが、万里の勢いに押され、そのまま包みを受け取る。万里に優しい笑顔を咲かせる。
「七夕フェアの試作品、今日逢(あ)ったって子に持ってって」
万里の笑顔と心遣(こころづか)いに、加織もつられて笑顔に染まる。
それは、はかなく神を祈る少女への、あたたかな贈り物だった。

「あっ、いた」
 細い路地には昨日と同じ位置に、まったく同じ出で立ちで、兎海(うみ)がプラカードを掲げていた。加織の声に反応して、兎海の視線が加織本人へと向けられる。
 加織は自分ができる最高の笑顔で、兎海へ向けて小さく手を振った。
「うみちゃん、遊びにきたよ」
 遊びという響きに兎海は一瞬表情を輝かせる。しかし散々悩んで見せた挙句(あげく)、首を横に振った。
「かみさままってるから、あそばない」
 兎海の鉄のように固い意思に、加織も頬(ほお)をかいて苦笑する。どうしたら取り合ってもらえるか、考えをめぐらす加織に1つの考えが浮かんだ。
「あっ、そうだ」
思い出したようにバッグの中身を探る加織。その様子を兎海も興味深げに見ている。そして目的の品を取り出そうとした瞬間、大きな足音と共に男の声が聞こえ、動きを止めた。
「おぉい、うみぃぃぃ!」
 驚き固まる加織と兎海を前に、男はようやく足を止めた。男は半袖のワイシャツにネクタイ、下はスラックスと、一見どこにでもいそうなビジネスマンの姿。大粒の汗を額(ひたい)に流しながら両膝(りょうひざ)に腕をつき、肩で大きく息をする様子からは、全力で息も絶(た)え絶(だ)えに走ってきたという印象を受ける。呼吸が落ち着いたところで男は兎海に向き合った。
「兎海、またこんなところに来て……」
 しかし兎海はうつむくばかりで話そうとしない。加織の頭に疑問符(ぎもんふ)が浮かぶ。
「あのぉ、どのようなご関係で?」
 半(なか)ば割って入るような形で、加織が話に割り込む。
「あぁ、失礼しました。私、天野(あまの)典(てん)真(ま)といいます。兎海は私の娘です」
 加織に気付いた男は小さく頭を下げる。その姿に、加織も反射的に挨拶(あいさつ)を返した。
「私、清水加織っていいます。うみちゃんとは昨日知り合って……」
「そうですか、兎海の――」
 典真が視線を兎海へと戻す。途端(とたん)、兎海は咳(せ)き込み、その小さな身体が大きく揺れる。
「兎海!」
「うみちゃん!?」
 驚きに満ちた加織と典真の声が、曇(くも)り空へと吸い込まれていった。

 病院の個室では、ピンク色のパジャマに身を包んだ兎海(うみ)が静かに寝息(ねいき)を立てていた。ベッドの脇に置かれたイスに加織と典真は座っていた。壁も床もベッドも、何もかもが白く、加織には兎海だけが生(せい)を彩(いろど)っている存在のように思えた。
他方の典真は兎海の寝顔を愛おしそうに見つめながら彼女の過去を語り始めた。
「兎海は、母親に似て身体が弱くてね。油断するとすぐこうなるんだ」
「病気……なんですか?」
「えぇ、ちょっと重いみたいで。本当は入院しなきゃダメなんですけど」
 寂(さび)しそうな表情の二人の周りには、重く物悲しい雰囲気が漂う。それを何とか振り払おうと加織が思い切って口を開いた。
「あの、かみまちっていうのは?」
 加織の言葉に、典真は何か思い出した様に表情を緩める。
「あれは、テレビの影響ですよ。ニュースで取り上げたのを見たみたいで」
 次第に典真の声が震(ふる)えていくのが加織にはわかった。しかしそれ以上話を止めることもできず、ただ典真の話を聞く他(ほか)なかった。
「お父さんが寂しくないように、神様にお願いするんだって。神(かみ)待(ま)ちとか、本当は全然意味が違うのに……」
 涙ながらに語る典真の姿に、加織も涙が流れ出そうになるが、必死にこらえる。
「すいません、ちょっとトイレに――」
 溢(あふ)れる感情に耐(た)え切れなくなった典真が席を立つ。部屋に取り残された加織は兎海の顔を覗(のぞ)き込んだ。
「……どうして、お父さんを心配させるようなことするの?」
 加織の言葉に反応するように、ゆっくりと兎海が目を開ける。
「わたしもたぶん、おかあさんのところ、いっちゃうから」
 そこまで言って、兎海は可愛らしく笑顔を見せた。
「かみさまに、おかあさんをよんでもらうの」
 瞬間、加織の目頭(めがしら)から熱いものが流れた。自分よりも他を優先してしまう、優しい少女の、純粋な想いを前に嗚咽(おえつ)がとまらない。それでも何とか抑(おさ)えようと手で口を覆(おお)う。
「これ、おとうさんにないしょね」
 その言葉を最後に、兎海は再び目を閉じた。加織はというと嗚咽がひどくてまともに返事ができず、ただ首を縦に振ることしかできなかった。

 病院からの帰り道、兎海のことが気がかりな加織は、何気なく後ろを振り向く。
 空は相変わらずの曇天(どんてん)模様(もよう)。腕時計に目を向けると、まだ夜と呼ぶには早い時間だ。
 持ち直したバッグの重さに、加織は少しうんざりして――そして、ケーキを渡していないことを思い出した。
「ケーキ、渡してこないと」
 そう自分に理由をつけて、加織は踵(きびす)を返した。少女の容態(ようだい)を心配していたこともあり、その足取りは軽(かろ)やかだった。

「えっ」
 病室に入った加織の眼に映ったのは、衝撃的(しょうげきてき)な光景だった。
 真っ白なシーツは赤く染まり、その紅(あか)の中心で兎海(うみ)は横になっていた。典(てん)真(ま)は自分の服が血で染まることもいとわず、なきじゃくりベッドにしがみついている。医師と看護士らしき人たちが、少し離れたところから顔を伏(ふ)せるようにして立っていた。
 あまりにも唐突(とうとつ)な別れの訪(おとず)れに、加織は固まっていた。兎海の顔が頭を駆け巡る。そしてすべてを理解したかのように身体からは力が抜け、バッグが腕をすり抜ける。ケーキの包みが無様(ぶざま)につぶれて顔をのぞかせた。
 真っ白になった加織の頭には、静かな雨音と典真の泣きじゃくる声が流れていた。

 雲ひとつない七夕の空
 黒い海に浮かぶ
 きらびやかな星の川
 あの子が仲間入りした
 遠い遠い世界
かみさま
 もし、本当にいるのなら
 あの子に
 永遠の輝きを

短編 二次創作
以前アップロードした作品になります。
短編、二次小説ですが、完成している作品がコレ一本なので。
感想等あれば、よろしくお願いします。


ダ・カーポ2 short story~由夢編~

「兄さん、いやあぁぁぁぁ!」
 必死に腕を伸ばしたけど、わたしの手はとうとう兄さんの手に触る事さえできなかった。
 運命は、どうしてこうも残酷なんだろう。
 せめて、最後の瞬間だけでも兄さんと触れ合っていたかった。
 抱き締めて欲しかった。
 愛してると言って欲しかった。
 それも叶わない夢だとはわかってたけど。
 でも――。
 それでも――。
 わたしは――兄さんと、もっと一緒にいたかったよ……。
 どうして消えちゃったの、兄さん?
 わたしがあんな夢を見たから?
 わたしに予知夢を見る力があるから?
 それが運命だったから?
「…………兄さん」
 心細くなって、愛する人の名前を呼んでみる。
 すると、心の底の方がちょっとだけ温かくなって――でも、すぐに寂しさがこみ上げてきて、胸が苦しくなった。
「兄さん……兄さん……兄さん……」
 涙が止まらない。
 それでも、心の隙間を埋めたくて、わたしは幾度も名前を呼んだ。
 涙で顔はぐじゃぐじゃになっていたと思う。それでも兄さんとの思い出を繋ぎ止めておきたくて、わたしは名前を呼び続けた。
「!?」 
 その時、一陣の風が屋上を吹き抜けた。
 それは、決して強くはなかったけど、温かで、柔らかくて、優しくて、まるで兄さんが涙を拭ってくれているような、そんな感覚だった。
「駄目だね……こんなんじゃ兄さんに笑われちゃうよ」
 目を閉じると、困ったような表情をしている兄さんの姿が浮かんでくる。
 でも、ここで泣いてしまうわけにはいかない。
 わたしは涙が溢れそうになるのを必死に抑えて、無理やり笑顔を作った。
 兄さんもきっと、わたしが笑っていることを望んでいるはずだから。


「ただいまぁ」
「おかえり、由夢ちゃん」
 迎えの声にわたしはハッとした。そういえば、学校をサボって兄さんとデートしてたこと、すっかり忘れてた。
「遅かったわね、一体どうしたの?」
「おねえ……ちゃん?」
 奥から出てきたお姉ちゃんは、特別怒っている様子でもなく、全く普段通りだった。
「寒かったでしょ?お風呂沸かしてあるから先に入ってきたら?」
「う、うん……」
 戸惑いながらも、お姉ちゃんの言葉に甘えることにした。
 正直、身体は冷え切っていて、今すぐにでもお風呂に入りたかった。
「着替えは後で持って行くからね」
「あ、ありがとう……お姉ちゃん」
「……ごめんね、由夢ちゃん」
「えっ!?」
 すれ違い様に聞こえた、お姉ちゃんの本当に小さな呟き。
 驚いたわたしの足は自然と止まる。
 そして身体を包みこむ、兄さんとはまた違った……温かくて、柔らかな感覚。
「ごめんね、由夢ちゃん……辛かったよね、苦しかったよね、ごめんね、ごめんね……」
 そうか……お姉ちゃん、知ってたんだ。兄さんが今日で消えてしまうこと……。
「ううん、すごく楽しい思い出が作れたから、充分だよ」
「……由夢ちゃん!」
 お姉ちゃんはわたしを抱く腕に力を込めた。
 そしてその時、お姉ちゃんが泣いていることに気付いた。
「お姉ちゃん……泣いて――」
 そこまで言いかけて、口を噤む。
 本当はお姉ちゃんだって兄さんと一緒にいたかったんだよね。お姉ちゃんのことだし、きっと別れの挨拶やパーティなんかもしたかったんだろうな。
 でも、その貴重な最期の時間をわたしにくれたんだよね、お姉ちゃん。
 妹である、わたしの為に……。
 そう思ったら、急に涙が溢れてきて、でも、涙は止まらなくて――。
「ごめんね、お姉ちゃん……もう泣かないって決めたのに、今日は無理かもしれない」
「いいよ、由夢ちゃん。明日から頑張ればいいんだよ」
「……お姉ちゃん」
 そして、お姉ちゃんに甘えるように、わたしは気持ちの動くがまま泣き続けた。



 ――3月。
 学園は卒業式ということもあり、普段とはまた違った賑わいを見せていた。
 午後からは卒パもあるし、みんな楽しみにしてるんだろうな……。
「時間が経つのって早いんだね、兄さん」
 そう言ってわたしは再び花を咲かせた桜の木に向き直る。
 ここは以前、枯れない桜のあった場所。本当は学園に行って卒業式に出席しないといけないんだけど、兄さんのいない卒業式にはどうしても出る気がしなかった。
 一度は枯れた桜の木だったけど、春の訪れと共に再び花を咲かせた。
 でも、きっと以前のような魔法の力は持ってなんかいない、普通の桜の木なんだと思う。
 ――だって、兄さんは帰ってこないんだから。
「本当なら、兄さんもあの場所に居て、さくらさんから卒業証書を貰って、卒パで杉並先輩や板橋先輩達とメチャクチャなことをやっているんだよね」
 でも、それはきっと凄く楽しくて、かけがえのない思い出で、その中にわたし達も巻き込まれていて……。
 そう思うと、胸が苦しくなってくる。
「みんな、兄さんのこと忘れちゃってるみたい。最近はお姉ちゃんも思い出せなくなるときがあるんだよ……」
 木の幹に手を当てて、兄さんに話しかけるように言葉を紡いでいく。
「わたしは最後まで兄さんのこと、忘れないからね……」
 わたしは桜の木に寄り添って、兄さんのことを思い浮かべる。
「――嘘っ!?」
 自分でも信じられなかった。
 ついさっきまで覚えていた、兄さんの顔が全く思い出せなかった。
「い、嫌っ!わたし……兄さんのこと、忘れちゃうの?嫌だよ、忘れたくないよ!」
 いつもやる気がないのに、人一倍優しくて、いざというとき頼りになる、わたしの最愛の人なのに、その姿が思い出せない。
 それどころか、どんな声だったか、どんな性格だったか、何が好きだったかもわからなくなっていた。
 ――まるで、砂時計の砂のように、少しずつ、でも確実に思い出が消えていくのがわかった。
「兄さんと別れるだけでもつらいのに、兄さんのこと忘れるだなんて、つらすぎるよ!」
 わたしは縋るように桜の木に呼びかけた。願いを叶えるかどうかなんて関係なかった。ただ、今の自分の想いを何かにぶつけたかった。

 このまま二度と兄さんと会えなくて、兄さんの全てを忘れてしまうならそれでもいい!
 でも、お願い!
 一度だけでいいの!
 夢の中でだって構わない!
 もう一度だけ兄さんに会いたい!
 魔法でも奇跡でもなんだっていい!
 兄さんの顔が見たいの!

 その時、桜の木が大きくざわめき、春風がわたしを優しく包み込んだ。そして空からは淡い桃色をした花弁が舞い降りていた。
「――兄さん」
 それは優しくて温かくて安心できる、そんな感覚。
 わたしには、それが兄さんからの最後の別れの挨拶のように思えた。
 ありがとう……兄さん、わたし、最後まで兄さんのこと、忘れないから……。

 
 ――そして4月。
 わたしは3年生に進級した。
リニューアルっぽい感じで。
今まで小説っぽいものを連載形式で取り扱ってましたが

この度、本気で創作活動を進めていく為

オリジナル作品を作成していきたいと思います。

今までの掲載分は結局完結しないという最悪の展開に・・・

今後はそういうことのないよう、

多少時間はかかりますが、作品を書き上げてから

更新していきたいです。

今まで作品を読んで頂いた方々には

感謝とお詫びをこの場で申し上げます。

大変申し訳ありませんでした。
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