IPPI STYLE
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短編 バドミントン
 静まり返った会場内に、シャトルを打ち合う音ばかりが響く。
 体育館は密閉され、鉛のように重い空気が充満していた。
 真夏ともなれば地獄のような暑さに見舞われるが、梅の花が咲き誇る今の時節にそのような心配はいらない。
 観衆が浮かべる汗は、暑さからくるものではなく、緊迫した戦況からくるものだった。
 体育館では二組の試合が並行して行われていた。
 片や高校生の部で、もう片方は中学生の部。
 いずれも十代の女子が真剣な表情で試合に臨んでいる。
 観衆が多いのは圧倒的に高校生の方であった。
 シャトルが山なりに飛んだかと思えば、鋭角に打ちこまれる。
 それを浅く返したら、今度は高く打ち上げる。
 ラリーが始まってから数分が経過するが、それでも一向にポイントが入らない。
 打ち合う二人の実力が拮抗しているのは、その場にいる誰の目にも明らかだった。
 二人とも全国クラスの実力派との前評判で、それに違わない程の打ち合いを見せている。
 息を呑む試合展開の傍ら、静かに試合を終えたのは中学生の部だった。
 試合を終えたのは顔がそっくりな二人の少女。
 双子である彼女らは静かに移動すると、高校生の試合の観戦に加わる。
 仲良く手を繋ぎながら、試合を眺める視線はどこか熱っぽかった。
 一進一退の攻防が少女たちの眼前に広がる。
 小さな少女たちはその様子をコロコロと表情を変えながら見守っていた。
「――あっ」
 シンクロした声が思わず上がり、それに気付いて慌てて両手で口を塞ぐ。
 その言動すら全くの同時で、二人に向けられた周囲の視線もふっと柔らかくなった。
 少女の視線の先に居た女子高生は、落ちたシャトルを拾い上げ、相手へ渡す。
 呼吸は荒く、肩で息をしている様からはその膨大な運動量を図り知ることができた。
 しかしそれは相手も同じらしく、シャトルを持つ手もわずかに上下している。
 試合が再会し、長いラリーが再び始まった。
 スコアボードはまだ互いに一桁。
 このままのペースでは試合が終わるまで随分と時間がかかりそうだった。
 しかし、少女たちは一心に見つめている。
 シャトルを打ち返す際に、汗が飛ぶ。
 二階の窓から差し込んだ光を浴びて、汗がキラキラと輝いて見えた。
 ――そして、ラケットが鋭く振り下ろされる。
「――っ!」
 少女たちの表情が明るく染まった。
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短編 近くて遠い道の先
「つ~か~れ~た~」
 深夜の海岸線に、甘い女性の声が響く。
 明かりは月明かりと、点々と並ぶ外灯のみ。
 その他はすべて暗闇に包まれ、その全貌をうかがい知ることができない。
 ただ一つ確かなのは、この場に二人の女性がいるということと海が近くにあること、そして月がキレイなことくらいだ。
 二人組の片割れはTシャツにジーンズ姿というラフな格好の、セミショートの女性。
 子供のように駄々をこねながら、近くにあるガードレールに寄りかかっている。
「……ほら、休んでいたらいつまでも着かないわよ」
 そしてもう片方の女性――こちらはウェーブロングに涼しげな色合いのブラウスに膝丈のスカート姿――がコツコツと靴音を鳴らしながら近寄ってくる。
 その表情には疲労が色濃く浮かんで見えた。
 彼女の歩みは重く、足元に目を落すと靴ずれで赤みを増した素足が確認できる。
 その様からサンダルで長い距離を歩いてきたであろうことが、容易にうかがえた。
「きゅ~け~しよ~よ~」
 ガードレールにもたれながら、セミショートの女性は提案する。
「……仕方ないわね」
 溜息をつくとウェーブロングの女性はその隣に位置取り、そこにたたずむ風景を眺めた。
 ガードレール越しに見える海は、月光を反射して、キラキラと輝いている。
 目を閉じると、潮風が肌を撫でるように過ぎ去っていくのが感じられた。
 歩き続けたせいもあって噴き出た汗が、穏やかに引いていくのが心地よく感じる。
 風の音に心を和ませていると、それに混じってサクサクッという音が耳に流れ込んできた。
 何事かと思って目を開くと、隣でスナック菓子を黙々と頬張る相方の姿が確認できた。
「――ちょっと、アンタ何食べてるのよ」
 相方の女性は口に菓子を含んだまま顔を上げ、数秒見つめ合った後にゆっくりと咀嚼する。
 そして、喉奥へと飲み込むとようやく口を開いた。
「…………お菓子」
「――見ればわかるわよ! どうして今ここで食べてるのかって聞いてるの!」
 セミショートの髪を、気持ち程度風に揺らされながら女性は再び考え込む。
 そして、口を開いた。
「お腹空いたから」
「……聞いた私がバカだったわ」
 呆れかえった様子で女性は額に手を当てる。
「ほら、もう行くわよ。なんだか疲れちゃった……」
 女性はガードレールから離れ、先へと進む。
 行き先は未だ真っ暗で目的地は見えない。
 これが昼だったなら、もう目に見える距離にまで近づいていると気を奮い立てることもできようものだが、今の時間帯には到底無理だった。
「――ねぇ、ノド乾いた~」
 背後から伸びる、気の抜けた声に再び足が止まる。
「もう、アンタがそんなんだから、いつまで経っても着かないのよ!」
 女性のヒステリックな悲鳴が雷鳴のごとく轟く中、夜は暗く、深く、更けていった。
短編 幼な妻
 工房を一歩出ると、満点の星空が私を見下ろしていた。
 吐息は白く染まり、乾いた空気に潤いを与える。
 私はポケットから煙草を取り出し、ライターでその先端に火を灯した。
 煙が立ち上り、濃紺の空にモヤがかかる。
 背後に人の気配を感じて振り返ると、そこには目元をこすり、欠伸を噛み殺す幼女の姿があった。
「……マサヨシちゃん?」
 幼女は私の名を呼ぶ。
 私はそれに普段通りの笑顔を返した。
「――なんだい、カオリ?」
 カオリとは私の最愛の人の名であり、目の前にいる可愛らしい幼女の名でもある。
 かといって、私は幼女趣味というわけではない。
 確かに幼女に可愛らしい印象は受けるが、カオリの場合は特別なのだ。
「お夜食持ってきたんだけど、居なかったみたいだから」
 幼女の口から紡がれる、言葉の羅列。
 それは年相応と呼ぶには違和感を覚える、大人っぽいものだった。
 そう、それは――まるで長年連れ添った夫婦の会話のようなもので……。
「あぁ、ごめん。すぐに戻るよ」
 私は煙草を揉み消すと、踵を返す。
 それを見て、カオリは眉をひそめ、溜息をついた。
「もう……ゴミは庭に捨てないでって言ってるでしょう?」
「あぁ、ゴメン」
 カオリの言葉に、私は慌てて吸殻を拾う。
「じゃあ、私はもう寝るからね。この身体になってから、夜は眠くって……」
「うん、おやすみ」
 カオリは欠伸をしながら、一足早く屋内へと戻っていく。
 私はカオリの姿が見えなくなったことを確認してから、溜息を吐いた。
 彼女が言った通り、カオリは数日前から幼女のような姿へ変わってしまった。
 原因はわからない。
 医者に言っても信じてもらえず、こうして今に至るわけなのだが、回復の兆しすら一向に見られない。
 一番に戸惑い、苦しんでいるのはカオリのはずなのに、彼女は悩んだり悲しんだりしている様子も見せず、いつも笑顔でいてくれた。
 それが私には嬉しくもあり、もどかしくもあった。
 私はモヤの消え去った夜空を再び見上げ、息を吐く。
「――さて、夜食でも食べてもうひと頑張りしますか」
 今、こんなことを考えても仕方ない。
 私にできるのは、いつか彼女が元の姿に戻ると信じて仕事に勤しむことだけだ。
 工房の中では、カオリの作ったうどんが白い湯気を立てて私のことを待っていてくれるだろうから。
短編 あと一服
 店内を暖色系の薄明かりがぼんやりと映し出していた。
 壁や床などの装飾はどこも剥げ落ちていて、ろくに手入れがされていないことが容易に見て取れる。
 陳列棚には何かの小箱が段になって置かれており、店内の怪しさをより一層引き立てている。
 奥のレジカウンターにはしわだらけの老人がタバコをふかしていた。
 そのせいで、店内にタバコの煙が充満する。
 そこへ扉を空けて入ってきたのは女性の二人組。
 女性は両方とも、薄手のコートの下に同じ区域にある学校の制服を着ていた。
 こんな時間にどうして、と老人が気に掛けることもない。
 女性たちはタバコの煙の中、臆することなく店の奥へと進んでいく。
 そして電灯の近くに置いてある箱を手に取り、二人で確認し合うように二、三の言葉を交わす。
 老人は視線を二人組へと向けると、すぐに前に戻してタバコの燃えカスを灰皿に落とした。
 それから数分。
 新しい客がやってくる気配は無い。
 ただ、ゆっくりと、じっとりとした時間が過ぎていく。
 乾燥しきった外の空気に比べれば幾分過ごしやすいかもしれないが、それを阻害するのは他でもない、老人のタバコの煙だった。
 けだるそうに過ごす老人だったが、その前に先程の二人が姿を現す。
 その手には小さな箱が二つ抱えられ、レジ前にトンと置かれた。
「――八千」
 老人は目を細めて箱を確認すると、ぶっきら棒に言い放つ。
 女性はその態度に気を荒めることなく自らの財布から一万円札を取り出し、差し出した。
 老人は何も言わずそれを受け取ると、レジの中から千円札を二枚手に取り、女性へと返す。
 そしてレジ下から紙袋を取り出すと箱をその中へと放りいれ、セロハンテープで封をして突き出す。
 女性はそれを受け取ると、そのまま付き添いで来たらしきもう一人の女性と一緒に再び会話に花を咲かせた。
 再び店内のドアが開け放たれる。
 二人組の女性が外へと出ていったのだろう。
 その瞬間に店内に外の冷たい空気が清涼剤のように入り込み、よどんだ空気が吐き出される。
 老人は短くなったタバコを灰皿にぐりぐりと押し付けて火を消すと、胸元から新しいタバコを取り出そうとする。
 しかし、中は空だったらしく、タバコの容器はクシャリと寂しげな音を立てて潰れた。
 老人は舌打ちすると、のっそりと立ち上がり、背後を振り返る。
 そこにあったのは、ぼろぼろになった木製の扉。
 老人はおぼつかない足取りながらも、それを押し開けようとする。
 そのタイミングで店内入口のドアが軋みを上げた。
 不快そうに振り返る老人。
 そしてその人物の姿を見た瞬間、驚きと諦めの入り混ざったような表情を浮かべ、小さくつぶやいた。
「せめて、あと一服したかったわ……」
短編 やかましい老後
 早朝にもかかわらず、気温は二十度を超えていた。
 庭に咲くヒマワリの花は凛と上を向き、太陽の光を目いっぱい浴びようとしているようでもあった。
 そのヒマワリへジョウロで水を与えているのはがっしりとした体格の、初老の男性。
 常人であれば誰もが汗ばんでしまう陽気にも関わらず、黒い長袖の衣服で身を包み、涼しい顔で作業を続けていた。
 そののどかな光景を踏み荒らすように、車のエンジン音が近づいてくる。
 男性は顔を上げて様子をうかがってみるが、背の高いヒマワリに遮られて、来訪者を知ることができない。
「……客か?」
 男性は水やりを中断すると、顔をしかめたまま玄関の方へと歩みを進めた。
「おじいちゃん?」
 縁側に顔をのぞかせたのは、五歳くらいの男の子。
 Tシャツにハーフパンツ姿で、活発そうな印象を受ける。
「あぁ、お客さんが来たみたいだからな。奥で遊んでなさい」
「はーい」
 男性が笑いかけると、男の子は大きくうなずいて、部屋の奥へと駆けていく。
 その様子を見送った後、男性は再び玄関へ足を運んだ。
 玄関前には黒塗りの車が停まっていた。
 車体は日の光を浴びて、眩い輝きを放っている。
「――ずいぶん遅かったじゃないか」
 その声と共に車のドアが開く。
 中から出てきたのは、ワイシャツにスラックス姿の男。
 こちらは顔立ちこそ四十代くらいだが、体格は二十代の若者に勝るとも劣らない。
 漂う風格からも、相当な手練だとわかる。
「どちら様かな?」
 男性は強気の姿勢を崩すことなく相手の男へと話しかけた。
 男は大げさにリアクションしながら、謝罪の言葉を告げる。
「これは失礼。礼が足りないのはこちらの方でしたな」
「そんなことはどうでもいい。用件は何だ?」
 男性は男の顔を睨みながら尋ねる。
 すると男の顔が急に魔獣のような表情へと豹変した。
「それは――こういうことですわっ!」
 瞬間、男の拳が男性の前に突き出される。
 男性はそれを瞬時に左手で払うと、右の掌打を顔面に叩きつける。
 不意打ちを防がれると思っていなかったのか、男は男性の掌打をまともに受けた。
 よろめいた男に向けて、男性の連撃が入る。
 腹、胸、そして再度頭に一撃ずつ。
 男の身体は人形のように跳ね、車へと叩きつけられた。
 そして、ぐったりと動かなくなる。
 その様子を見下ろすようにして、男性は吐き捨てる。
「――俺はもう引退した身だ。どういう魂胆かは知らないが俺に当たるのは筋違いだ。帰ってくれ」
 男性は深く息を吐くと、男の返事を聞くこともなく、庭先へと戻っていった。
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