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短編 バーに咲いた彼岸花
 空一面が雲に覆われ、朝にも関わらず夕闇のような暗さが周囲を包んでいた。
 気温も連日の猛暑から一気に下がり、半袖から長袖へと衣替えを余儀なくされた人々が、街のあちこちに見られる。
 そんな街の片隅で、小さなバーの扉がゆっくりと開かれた。
 扉にはクローズドの看板がかけられていたが、遠慮なしに引き開けたところから、その人物が客ではないことがうかがえる。
「やっぱり居た――」
 女性の声が狭い店内に響き、私服姿のマスターが呆れた様子で振り返った。
「なんだ、君か……」
 店内は薄暗く、マスターの顔こそわかるものの、それ以外は目を凝らさなくてはうかがい知ることは出来ない。
 しかし、女性にとって、それは些細なことだった。
 マスター以外の人間がいないこと、それが最低限の条件だったのだから。
 女性はポケットから果物ナイフを取り出すと、背後からマスターへと近づく。
 こつこつという足音が、店内に不気味に響いた。
 閉店時間後は音楽も止められ、あらゆる物音がより強調されて聞こえる。
 いつのまにか、自分の胸が強く高揚しているのが感じられた。
 引き返すなら今だ。
 今ならまだ、何事もなかったかのように振舞える。
 でも、それはできない話だった。
 入念に計画を立て、チャンスをうかがってきたのだ。
 今更後に引いては悔いしか残らない。
「何やっているんですか?」
 女性は若干震えた声で話しかけた。
 一瞬、女性の顔が驚きに染まり、歪な表情を浮かべる。
「んっ? あぁ……仕入れの確認だよ。思った以上に新作のカクテルが好評でね」
 少しはにかんだように笑うマスターからは、女性の異変に気付いた様子はない。
 女性は安堵の息を吐いて――キッと表情を瞬時に引き締める。
「そうですか――でも、大丈夫ですよ」
 そういって、女性は手を振りかぶる。
 薄暗い照明の中、ナイフの刃がキラリと輝いた。
「いや、大丈夫といってもね……買っておかないと忘れちゃいそうだから――」
 マスターの言葉が、そこで急に詰まる。
 そして、転がるようにして床に倒れ落ちた。
 背中からは血がにじんで衣服が汚れていく。
 その様子をただじっと見つめながら女性は立っていた。
 初めはわずかに動いていたマスターの肢体も、すぐに動かなくなった。
 女性はそれを確認した上で、ナイフの柄についた自分の指紋をハンカチでふき取り、そそくさと店を後にした。
 もちろん、ドアは完全に閉めて。
 上空を見上げた瞬間、湿っぽい風が自身の前髪を掻きあげていく。
 もうじき台風がやってくる。
 店のドアにはクローズの看板。
 発見はもうしばらく後になるだろう。
 女性はこみ上げる笑いをこらえながら、ゆっくりと歩き始めた。
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短編 カフェテリアにて
 社内のカフェテリアは早朝であるにも関わらず、大いに賑わっていた。
 といっても、三交代の夜勤組がその多くを占めているのでそれほど珍しい光景ではない。
 皆、淡々と朝食を手に取り、テーブル席で談笑している。
 中年の男性社員はこみ上げる欠伸を噛み殺しながら、その中に混じって食事をとり始めた。
 そこに軽やかな足取りでやってきたのは後輩の男性。
 人懐こい笑顔を振りまきながら、男性の正面に座る。
「あっ、先輩。ご一緒いいですか?」
「あぁ、君か……別に構わないが――」
 男性社員は溜息混じりにそう言うと、箸を動かし続ける。
「それじゃあ、失礼して――って、そんな溜息ばっかりついて、何かあったんですか?」
「あぁ……今の若い奴がうらやましいと思ってな……」
「うらやましいって、どういうことです?」
「いや、最近の技術の発展は著しいものがあるだろう?」
「えぇ、ありますね……」
「まぁ、技術に限らずマンガとかアニメとかもそうだが、若い奴はこれから未来のモノを見ることができるんだよなって思ったらな……」
「そんなことないですって。先輩だって、俺たちが見ることができないような、昔のモノを見てきたじゃないですか」
「君……」
 男性社員は顔を上げる。
 そして、ふっと吹きだして笑った。
「まさか、君がフォローすることがあるなんてな……」
「フォローだなんて、そんな――」
「いや、いいんだ。第一そんなこと俺が気にしても仕方ないだろう。大事なのは今を楽しんで生きることだ。仕事も趣味もな」
「先輩……」
「そもそも、君は我々の過去を今知ることができるだろう? そして俺がいなくなった後の未来も見ることができる。俺は人生とは難儀なものだ、と思ったことを口走っただけさ」
「は、はぁ……」
 男性社員はニカッと笑うと、空になった食器を手に立ちあがる。
「ほら、君も早く食べないと睡眠時間が削られるぞ? まぁ若いから大丈夫か」
「いやいや、そんなことないですから!」
 後輩の男性は慌てた様子でご飯を口に掻き込む。
「そうか。それじゃあお先に――」
「はい、お疲れ様でしたっ!」
 男性社員は小さく笑みをこぼしながら、カフェテリアを後にした。
短編 海の女
 冬の寒さもすっかり過ぎ去り、夏の訪れがすぐそこまで迫ってきている時節。
 海は穏やかで、水平線までくっきりと目に入る。
 ――天気良好、体調万全。
 今日は、豊漁になりそうだ。
 そんな私の隣で棒立ちになっているのは、職場体験に来た若い男の子。
 年齢は十七歳だったかな。
 彼はまだ高校生――しかも私より一回りも下だ。
 比べると自分がみじめになってくるので、これ以上は考えないことにして私は準備体操に勤しむ。
 しっかり身体を動かして、温めておかないと途中で身体がつって命にかかわるからね。
 それはもちろん、隣の男の子も同じ。
「――ほらっ、準備体操しないと溺れるよ」
「あっ――はいっ」
 慌てて返事をすると男の子はそそくさと準備体操を始める。
 私もこの仕事を始めてまだ数年だけど、こういう些細なことが大事なのだと、幾度となく経験し痛感したものだ。
 海辺での準備体操も粗方終わったところで、ようやく仕事に入る。
 水に浸かると、体中の熱が一瞬にして吸い取られていくような感覚に陥る。
 やっぱりこの時期は水がまだ冷たい。
 ……生計に関わることだから、仕方がないのだけど。
「ちょっと冷たいかもしれないから、気をつけてね」
 そう言った矢先――後ろの方から可愛らしい叫び声が上がるのがわかった。
「うわっ――冷たっ!」
 女の子みたいに高い声を上げた男の子に、私は思わず笑いをこぼしてしまう。
「大丈夫よ。ウェットスーツ着ているんだし、少しずつ慣らしていけば。それに、ここには君の5倍年をとっている先輩も働いているんだから――負けてちゃダメよ」
「――5倍!? ってことは……80歳越え?」
 私は笑顔のままうなずく。
 働く諸先輩方は、本当に元気だ。
 もしかしたら、私たちよりも元気で明るいかもしれない。
 やっぱり、生きがいを持つってことは大事なのだろう。
「すげ~っ」
 感心する男の子と、水につかりながら談笑すること数十秒ほど。
 なんとなく冷たさに身体が慣れてきたところで、私たちは水中メガネをかけて海中へと身を沈めた。
 シュノーケルも、酸素ボンベもない。
 一言で言い表わせば、素潜りだ。
 今までは、私が一番若かったのだけど、そんな私が一時的とはいえ後輩の男の子に教える日が来るなんて……。
 ――あっ、あった。
 目的は、岩場に隠れるようにして佇む貝たち。
 さぁ――今日は頑張っていいところ見せないとっ!
 私の身体は、いつもより軽やかに、水中を舞っていた。
短編 あの子、誰だっけ?
 年明けを間近に控えた12月。
 日は半ば暮れて、世間の盛り上がりも最高潮に達しようとしていた。
 子供達もそれは例外ではないらしく、数人で集まり今年最後の遊びを楽しんでいた。
 子供とはいえ、肌を刺すような空気の冷たさは流石に堪えるらしく、皆長袖に長ズボン、上着は厚手のジャンパーやセーターという出で立ちだ。
 しかし、その時間も終わりを告げようとしていた。
 一人、また一人と家へ帰っていき、残ったのはわずか3人。
 そこまで人数が減ったところで、その内1人が足を止めた。
 その顔は広場の先にある道路に向けられていた。
「――迎えが来たから、それじゃあ」
 それだけ言い残すと、また1人広場の外へ走っていった。
 その先に居たのは背の高い女性――走っていった子供の母親らしき人物の姿が見えた。
 残された子供2人は互いに見つめ合う。
「――もう、帰ろうか?」
 3人ならまだ遊べるけど、2人になると楽しさは半減になってしまう。
 彼からすれば、そんな単純な理由だったのだろう。
 しかし、それを呼び止めるようにもう1人が声を上げた。
「大丈夫だよ。もっと遊ぼうよ――」
「別にいいじゃん、また明日遊べば――」
 でも、子供の声は届かなかった。
 テンションが一気に下がったせいもあってか、両者の間に漂う温度差が浮き彫りになる。
 少年が冷淡に言い放つと、執拗にもう1人が食い下がる。
 そんな構図が出来上がっていた。
 何故こんなに必死なのか、大人なら最早不気味にさえ思うところだが、この少年はただ面倒なヤツという印象しか持てなかった。
 そして、少年の頭は一瞬で沸点に達する。
「いい加減にしろよ! 俺は帰るからなっ!」
 もう話しても無駄だとわかったらしく、そのまま家に向かって歩き始める。
 しかし、その足はすぐに止まってしまう。
「――待ってよ」
 残された1人が、手首をがっしりと掴んでいたからだ。
 その力は子供とは思えないくらいに強くて、手首から先が引きちぎられてしまいそうな程。
 手を引き離そうとしても、必死に振り払おうとしても、固定されたかのように彼の手は動かなかった。
「わかった。わかったから、離せって!」
 命の危機を感じたせいもあるだろう、少年は涙交じりにそう叫んだ。
「――本当?」
 その瞬間、手からスッと痛みが引いた。
「それじゃあ――何して遊ぶ?」
 楽しそうに笑う子供を前にしながら、少年の頭にはふと疑問が浮かび上がる。
 ――そういえば、コイツの名前って何だっけ?
 名字どころか、名前すら覚えていない。
 でも、顔はどこか見覚えがある気がしないでもない。
 心の中のもやもやが増大していくような感覚を少年は覚えていた。
「あっ、ゴメン。6時までに帰るよう言われてたんだった――」
「――逃げようとしても、無駄だからね」
 ボソリと子供の口から漏れた言葉。
 それがまるでクサビのように少年の足を繋ぎとめる。
「……でも、お母さんが――」
「お母さんと僕と、どっちが大事なの?」
「それは――」
 そこまで言ったところで、少年は自身が全身に鳥肌が立っていることを悟った。
 どう考えてもこれは尋常じゃない。
 ――すぐに逃げないと。
 本能がそう告げているような気がした。
 でも、少年の手はいつの間にかまた子供につかまれていて――。
 少年はもう泣きそうになっていた。
 その瞬間、6時を告げるチャイムが町内に響き渡った。
「――こんなところに居た。さっさと帰るわよ」
 声のした方が顔を向けると、そこには少年の母親が呆れた顔で立っていた。
 手にはコンビニのビニール袋を提げている。
「あっ――うんっ」
 そう言って少年は子供の方を向いた。
 別れの挨拶を言う為だった。
 でも――。
「……あれ?」
 そこには誰もいなかった。
「――首を傾げたりして、どうかしたの?」
 母親との帰り道。
「ううん、なんでもない……」
 少年は笑顔で母親に答える。
 そして自身に言い聞かせる。
 アレは夢だったんだ、きっとそうに違いない。
 その数日後――少年の手首にはうっすらと痣が浮き出ていた。
 それは――まるで誰かに掴まれたかのような跡だった。
短編 学園祭の休憩室
 軽快な最近のヒット曲が流れる校内でも、この部屋だけはジャズのリズムが穏やかに奏でられている。
 部屋に入った人は、時間の流れが変わったかのように感じる人も多いらしく、誰もがイスに持たれながら嘆息を漏らしていた。
 会話はほとんどなく、皆持ち寄った紅茶やジュースを口に運んでいる。
 ここは休憩室。
 学園祭の名の下に、お祭り騒ぎに賑わっている学校でも一画を有している場所だった。
 部屋の造りは至ってシンプル。
 机を組み合わせて布をかぶせただけのテーブルが数台。
 黒板には白いチョークで大きく『休憩室』の表記こそあるが、それ以外はまるで手が掛けられていない。
 カーテンもかけられていないので、太陽の光が絶え間なく差し込んでくる。
 唯一の気遣いといえば、机の上に置かれた花瓶と、CDプレーヤー。
 もちろんカフェでもないので、受付や応対の生徒がいるわけではない。
 しかし、それが逆に気楽になれる要素でもあった。
 若い世代の女子とは、どうも話が合わない。
 声を掛けてもすぐに、キツイ視線で睨み返されて陰口を叩かれる。
 なぜ――こんなにも常識がないのだろうか。
 そういった経緯もあってか、休憩室は自然と年老いた父兄の集まる場となりつつあった。
 その空間を引き裂くように、突然入口の戸が開かれる。
 廊下から流れてくる音楽に重ねるように、女子生徒たちの黄色い声が休憩室に飛び込んできたのだった。
 父兄の動きがピタリと止まり、入ってきた生徒たちへと向けられる。
 しかし、当の女子生徒たちは意に介すこともなく、おしゃべりをしながら、部屋の真ん中を突っ切っていく。
 彼女たちの目的は、置きっぱなしにしていた荷物。
 教室後ろに置かれた棚の中から、サブバッグを引っ張り出すとそれを肩にかけて、元来た道を辿るように部屋を出ていった。
 その間も、甲高い声が止むことはなく、父兄たちは顔をしかめながらも、無言で彼女らが過ぎ去るのを待っていた。
 女子生徒のいなくなった休憩室に、父兄らの溜息が重なる。
 部屋に漂うジャズの音楽が、廊下のポップなミュージックと混じって、異質な音色を奏でていた。
 それに気付いた一人が戸口へ目を向ける。
 ――案の定、戸が開きっぱなしになっていた。
 男性の一人は、スッと立ちあがると、戸口へ向かい、静かに戸を閉める。
 再び休憩室内には、安息の空間が立ちこめて、心なしかそこにいる皆の表情が穏やかなものに変わったように見えた。
 男性も自分の座っていた席へと戻る。
 テーブルの上に置かれた紅茶のパックには水滴だらけで、どこか泣いているようにも見えた。
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