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短編 テレビと報道
 テレビの映像を、食い入るように見つめる妻を脇目に、私は食後のコーヒーをすすっていた。
 時間は午後八時。
 帰宅し、夕食を終えてからの束の間のひと時。
 だが、今日ばかりは夫婦間に会話は無く、ただただテレビの音声ばかりがリビングと一続きのダイニングにまで聞こえてきていた。
 画面こそ見えないが、その音声から健康について説明する番組であることが容易に想像ができた。
 妻は、テレビ画面から目を逸らすことなく、小さく何度も頷いている。
 最近、やたらと健康食品を買いあさっていたことは知っていたが、テレビの影響だったらしい。
 家計を圧迫してはいないようなので、それ程強くは言うつもりはないが、最近はさすがに度が過ぎていると思える。
 テレビのやり方は、わかっている。
 視聴者の不安を煽った上で、その解決方法を述べる。
 シンプルかつベストな手法だ。
 だが、それはある意味マインドコントロールによく似ている。
 一歩間違えば、法に触れるであろう手段だともいえるのではないだろうか。
 だが、それを言っても妻は信用しないだろう。
 それはテレビ業界が今まで培ってきた、根拠のない信用の積み重ねの結果だろう。
 しかし現代社会は、その信用を崩すには十分すぎる程の情報を、インターネットという媒体を通じて私たちに提供してくれる。
 嘘ではないという言葉が、頭の中にふっと浮かんだ。
 そう、メディアは嘘をつかない。
 ただ、嘘ではないが、情報は圧倒的に不足している、あるいは偏っているのだ。
 それ故に、さらなる情報乞食の一般国民はそれを当たり前のように真に受けてしまう。
 それが、一世代前の人間たち。
 しかしこれからは、そうもいっていられない。
 自分の目にした情報が正しいものか、間違っているのか、取捨選択するだけの技量を要するのだ。
 最近はテレビ離れという言葉もよく耳にする。
 新聞を読まなくなった若者が増えたとも聞く。
 それは、仕方のないことだと思う。
 日本人は裏切りを執拗に敵視する人種だ。
 偏向報道を知った者たちは、平然と暴言を吐き、切って捨てる。
 それを知らなければ、テレビという媒体の信頼は回復できないだろう。
 深く溜息を吐き、テレビを見つめる妻に視線を送る。
 相変らず、妻はテレビの虜だ。
 私は目を閉じて、口内に残ったコーヒーを味わった。
 ミルクが入りのコーヒーだったが、一段と苦く感じられた。
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短編 カンヅメ
 四面がほぼ本棚で占められた、薄暗い部屋。
 天井からぶら下がるのは、古びたシャンデリア。
 しかし、長年手入れがされていないらしく、今ではただのアンティークと化している。
 明かりとして用いられるのは、もっぱら燭台の灯だ。
 今日も、部屋の奥隅に位置するテーブルの上で、細々とした明かりを灯している。
 窓は本棚で塞がれ、時計も存在しない空間。
 音らしい音といえば、本をめくる音くらいだった。
 時間は刻一刻と過ぎていく。
 しかし、それを理解するのは本を粗方読み進めた頃。
 キリの良いところに栞を挟み、席を立つ。
 一瞬、畳んだ本に手を伸ばしかけて――ピタリと動きを止めた。
 続きは、また来た時で良い。
 止めた腕を、今度は職台へと指標を変えて動かす。
 金属の取っ手は思いの外冷たかったが、周囲を照らす明かりはとても暖かなものだった。
 本棚の迷路を、小さな明かりを手にして進む。
 暗さにはもう慣れた。
 どちらかというと、今では面倒くささの方が強く感じる。
 そして部屋の扉の前まで来たところで、ドアノブにてをかける。
 ドアを押し開けると、蛍光灯の光が目を潰さんばかりの光量で降りかかってくる。
 反射的に目を細めるが、瞼越しでもその光の強さは感じられた。
 口の中で思わず舌打ちをしてしまう。
 こちらとしては、早く移動をしたいのだが、暗さに慣れた瞳が、それを許してくれなかった。
 だいぶ目が慣れたところで、ようやく瞳を開く。
 そこは綺麗に掃除された、見慣れた廊下だった。
 磨き過ぎて滑ってしまいそうと言えば、さすがに言い過ぎだが、キラキラとした光沢が見られることから、掃除してそれ程時間が経っていないことがうかがえる。
 用済みとなった燭台の灯を消し、ぺたぺたとスリッパの音を立てながら廊下を進む。
 数時間は籠っていたのだろう、埃と乾燥のせいでノドが少し痛かった。
 職台を置いたら、そのまま食堂へ行こう。
 誰にとなくうなずくと、歩みをわずかに速める。
 渇ききった身体に、潤いを。
 やっぱり、嗜むなら紅茶の方が良いだろうか。
 久々に緑茶でも飲んでみたいと、ふと思うのは、さっきまで読んでいた本が日本古来の文献だったからなのか、ハッキリとはわからない。
 最悪、ホットミルクでも構わない。
 膜の張った牛乳は好きではないのだが、それでも凍え死ぬよりはマシだ。
 ただ、今は――身体の温まる飲み物が欲しかった。
 目もくれずに通過した大きな柱時計。
 その指針は午前5時を指し示していた。
短編 マネキン
 目覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。
 そう思ったのは、眠りに入った時はいつも通りの白い天井だったのに対し、今目の前にあるのは灰色の天井だったからだ。
 とりあえず状況を把握しようと体を起こそうとする。
 しかし、どうにも身体が動かない。
 ――もしや、金縛りか?
 なんとかして首だけでも動かして自分の身体に起こった出来事を確認しようとするが、見事に足のつま先から頭のてっぺんまでピクリともしない。
 幸い、瞬きくらいはできるが、それ以外はからっきしだった。
 そう、まるで身体が何かで塗り固められているかのように。
 しばらく寝たままでいると、どこからか扉が開く音が聞こえた。
 誰かが入ってきたのだろうか、足音が聞こえたかと思えば、それは徐々に大きくなってくる。
 足音の数は複数あった。
 正確な数まではわからないが、両手で数えられるくらいの人数であろう。
 こちらに近づいて来ているのは、感覚的にわかった。
 助けを求めようと、口を開こうとして――そこで改めて考え直す。
 正体のわからない相手に、迂闊に声を掛けていいものだろうか。
 もし、万が一ではあるが、自分の命を脅かすような存在だったら、どうしようかと。
 そう思ったら、言葉が出てこなかった。
 全身から汗が噴き出て、むず痒く感じる。
「さて……これで十分でしょう」
 聞き慣れない男性の声が聞こえた。
 わずかに高い声色のそれは、気分が高揚していることを匂わせ、こちらの不安をさらに煽る。
 瞬間、身体が大きく傾くのがわかった。
 しかし、誰かから触れられているような感覚はない。
 まるで超能力か何かで動かされているような、変な感じだった。
 しかしその反面、視界はぐっと起き上がり、周囲の様子を確認できるようになった。
 まず目に入ったのは、だらしなく顔を緩める四十代くらいの白衣の男。
 そしてその助手か部下と思われる、数人の若い男性たち。
 こちらも白衣を着ていることから、ここが何かの研究施設なのだと想像が働く。
「よし、運び出せ」
 男の指示で、周りの人間が動きだす。
 また、身体が浮かび上がり、世界がぐるりと回る。
 そこで自分が運ばれているのだと、確信できた。
 このままではいけない。
 無駄だとはわかっていたが、声を出さずにはいられなかった。
「――っ!」
 しかし、声が出ない。
 それどころか口が動かなかった。
 何故、どうして?
 疑問と同時に不安が一気に昇りつめる。
 部屋を連れだされる間際、部屋の様子が瞳に映った。
 そして、絶句した。
 そこは、その部屋は、マネキンだらけの部屋だったのだ。
 これから自分はどうなるのだろう。
 動くことも、助けを呼ぶこともできない。
 今の自分は、これから起こるであろう出来事に慄き、恐怖することしかできなかった。
短編 拒絶された世界
 真っ暗。
 どこまでも、真っ暗。
 前も後ろもわからない。
 手を伸ばしても、壁や床なんてありはしない。
 音も臭いも、風の動きも感じられない。
 ただただ、真っ暗な世界。
 進むことも、戻ることも、何をすればいいかもわからない。
 声を出すだけの気力もない。
 何もしたくない。
 ただ、習慣となった動きだけを延々と繰り返す毎日。
 それだけが唯一の救いだった。
 無理やりにでも動くと、考えることを忘れられるから。
 しかし、それが終われば虚無感と孤独感の連続がまたやってくる。
 そして、ようやくに実感するのだ。
 自分は独りなのだと。
 真っ暗な空間も、本当は違うのかもしれない。
 もしかしたら、自分の目がおかしくなっているだけなのかもしれない。
 きっと、ここは普段と何ら変わらない世界なんだ。
 ただ、光が遠のいていって。
 世界から希望が消えていって。
 色が消え、真っ暗になって。
 だから、これは自分にだけ見える暗い世界。
 無の世界。
 裏の世界。
 真の世界。
 そしていつしか、この世界に自分は飲み込まれていて、溶けだしてしまっている。
 もう、元の世界には戻れないだろう。
 助けてくれる人などいない。
 自分に興味を持っているのかもわからない。
 いや、きっとない。
 みんなが求めているような人間でなければ、必要とされないのだ。
 だから、きっと自分はずっとこの世界に居残り続けるのだ。
 そこまで考えて、ふと別の感情が持ち上がる。
 こんなのは嫌だ、と。
 もっと、楽しいことがしたい。
 もっと笑いたい。
 世界の光を見たい。
 感情が噴き出して、でもそれをコントロールすることができなくなる。
 しかし、その感情をも世界は飲み込む。
 すると、すぐに無心になって、元の自分に戻る。
 そう、元の自分に。
 世界を憎むことも、謳歌することも忘れた、張りぼてのロボットに。
 あぁ、そろそろ時間かもしれない。
 自分の中から希望が消えてしまう前に――最期に、人せめて間として――終わりたい。
短編 地獄の一丁目
 薄茜色をした空の、その下。
 白銀に輝く山の手前で、少年は首を捻っていた。
 目の前に伸びる一本の山道は紅に染まり、辺りには鉄の臭いがはびこっている。
 少年の服装は、薄い生地の布を被ったような貧相なもので裸足姿。
 そして、山に映える草々は鋼色に輝き、天を目指して鋭く突き上がっている。
 このまま前へ進めば、間違いなく足は血だらけ。
 少年は腕を組みながら、必死に知恵を絞る。
 その様子を見かねてか、近くにいた大男が深く溜息を吐きながら目の前に風呂敷を広げた。
「お前が進まないと、こっちはノルマが達成しないんだよ。コレ使っていいから、さっさと進んでくれ」
 大男の言葉に、風呂敷の上へと少年は視線を向ける。
 そこには三つの履物が並べられていた。
 左には厚手の生地で作られたブーツ。
 真ん中には透明なガラスの靴。
 右には重々しい鉄の下駄。
 少年は視線を右から左へと流していき、結局真ん中のガラスの靴を手に取った。
 そしておもむろにガラスの靴に足を入れる。
 つま先から踵にかけて体重を乗せていく。
 すると、ピシッとひびが入りガラスの靴は呆気なく割れてしまった。
 そしてガラスの破片が足に刺さり、少年は思わず飛び跳ねる。
「――サイズが合ってないし!」
「……いや、履いてから言われても」
 大男は呆れた様子で溜息交じりに答える。
「じゃあ、こっちで」
 少年は今度は鉄の下駄を指差す。
 そして、それを持ち上げようとして――断念した。
 疑問に思った大男は少年に尋ねる。
「あれ、一体どうしたんだい?」
 少年は空の向こうを寂しげに見つめながら、呟く。
「……重いんだ」
「それ、お前の力がないだけだろう。じゃあ、このブーツな。それが嫌なら、無理矢理引っ張っていくからな」
 大男はそう言うと、ブーツを少年へと投げる。
 少年はそれを受け取ると、それを足にはく。
 格好自体は異質ではあるが、裸足よりはマシだ。
 少年は早速白銀の針山へと足を踏み入れる。
 しかし、その歩みは数歩進んだところで止まった。
「あ、あれ……?」
「どうかしたのか?」
 疑問に思った大男が問いかけてくる。
「足が……動かない……」
「どれどれ?」
 大男は少年の足元に視線を向ける。
 そして、納得した様子で首を縦に振った。
「あぁ、こりゃ刺さってるね。ブーツに、針が」
「――え?」
「それじゃあ、頑張れよ。山に入ってしまえば俺のノルマは達成だしな」
 大男は苦笑いしながら、逃げるように去っていく。
 取り残された少年は、必死に大男に呼びかける。
「ちょ、ちょっと……待て、待って!」
 しかし、その声に応える者は無い。
 ブーツを脱げば、そこは針の山。
 しかし、脱がないとずっとその場で立ち往生だ。
 これが本当の針のむしろ……なんてね。
「こんなの笑えないし、認められるかぁっ!」
 他愛ない冗談が冗談に聞こえない状況で、少年の声が赤い空へとこだましていく。
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