IPPI STYLE
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短編 共に過ごす
 春風がくるりと一回転して薄いレースのカーテンをふわっと持ち上げる。
 おかげで窓から漏れる光のラインはその時ばかりはふくよかになって、木目の床を温かく染め上げていた。
 穏やかな昼下がり。
 外からやってくるのも、春の足音と太陽の匂いだけ。
 喧騒もいさかいもない場所が、心を優しく包み込んでくれる。
 そんな部屋の隅にひっそりと腰を据えている、小さなドア。
 そこからコンコンと控え目なノックが聞こえた。
「失礼しますね」
 女性のものとわかるその声は、二十代のそれよりも幾らか落ち着いていて、耳にするだけで心地よさを覚える。
「……あぁ」
 部屋の中に上がるのは、ろうそくの灯のようにか細い男性の声。
 言葉尻がかすれて聞こえるのは、彼自身の体調がかんばしくはないからであり、白いベッドの上で天を仰いだまま動く気配は見られなかった。
「はい、それでは――」
 男性の声をしっかりと聞き終えたところで、ようやくドアが開かれる。
 ドアの向こうから姿を現したのは、にこやかな笑顔を浮かべる女性だった。
 手にしているのは小皿と赤々としたりんご、それと小さなナイフ。
 目尻と口元にしわこそ生まれているが、その人の良さが溢れ出ている表情に、場の雰囲気が柔らかになる。
 男性の顔も少しばかり柔和になり、その目線も窓の外へと向けられた。
 女性はベッドの脇まで歩くと、あらかじめ置かれていた丸イスへと腰を下ろす。
「体調はいかがですか?」
「……あぁ、悪くはないかな」
 相変らず外を眺めたままではあるが、男性は目を細めて答える。
「そうですか。それじゃあ今からりんご剥きますね」
 女性は手に持ったナイフを滑らせて、りんごの皮を剥き始めた。
 部屋の中へと皮を剥く音が上がっては消えていく。
 それ以外、特に何をするでもなく、時間だけがただ過ぎていく。
 何かを急くことも、慌てることもない、緩やかでありふれたひと時。
 それをじっくりと味わうように、二人はそれぞれができる笑顔を、絶やすことなく続けていた。
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短編 森の中のお仕事
 人里から歩いて半日ばかりかかる場所に、その森はあった。
 木々は互いに寄り添い、集まっていた。
 周囲に漂うのは濃霧。
 木々の吐息にも見えるそれは、森の奥の様子までのぞかれることを拒んでいるかのようだ。
 そんな木々の集まりの中へと足を踏み入れるのは、ためらわれたが仕事の都合上仕方がない。
 大きく息を吐き出して、ふらつきかけた心を真っ直ぐに整えると、私はその森の中へと足を差し入れた。
 一歩身体が入るだけで、見える世界はがらりと変わって、一度治まったはずの不安感が再び心の縁からひょっこりと顔をのぞかせてくる。
 上を見上げれば、そこには青々とした木々の葉が、幾重にも組み上がって日の光をその背で受けていた。
 よく見ると、葉の色も一枚一枚に色や形の個性があって、その皆がこちらへあいさつをしているかのように、風に揺れている。
 まわりに漂っている霧のせいか、身につけている衣服はわずかに水気を含んで、少し身体が冷えたように感じた。
 それは足元に生えていた草花も同じらしく、花弁や葉先に小さな丸い滴を携えていて、苦笑いを漏らしているようだ。
 彼らを蹴飛ばしてしまわないように、足元にも気を払いながら、森の奥へ奥へと注意して進んでいく。
 目的の区域までは、もうすぐだ。
 歩き続けたせいだろうか、身体はほのかに熱くなって、息も少しばかり上ずって、不思議と高揚した心持になっていた。
 そして、浮き出た汗が冷たくなる頃合い――私はそこへようやくの思いでたどり着いた。
 森の中にぽっかりと空いた、光の園。
 そこだけは霧も晴れていて、空から降り注ぐ温かな光が一面に咲き広がる花畑の美しさを引き立てていた。
 花の色は白い花弁をもつものが大半だったが、その中にぽつぽつとヒマワリ色や桜色の花弁が入り混じっているのが遠目に見てもよくわかる。
 花畑の中に寝転がって、花たちと一緒に夢の中へと飛び込んでしまい気持ちが沸き上がってくるが、それを何とか我慢して、心の中に留めておく。
 今は仕事をしないと――その使命感だけを便りにして、私は気持ちを入れ直した。
 今回の目的は、ここに生えている花を摘んでくること。
 一見、簡単なことにも思えるが、この地に足を下ろしている彼らを引き抜いて持って帰るのは、心がとても痛む行為なのだ。
 私は花の手前で立ち止まると、ゆっくりと屈んで膝をついた。
 そして愛おしくかれらの茎へ手を添えると、愛おしさを込めて撫で上げる。
 心の内で一言、ごめんねとあやまって――私は仕事を行った。
 何度も何度も謝りながら続けた仕事は、普通の人の何倍も時間がかかって、後でこってりと怒られた。
 でも、それでもいい。
 これが、私なりのやりかたなのだから。
短編 流浪の何でも屋
 空っ風の吹きすさぶ荒野。
 その真ん中を突っ切るように街道が伸びている。
 街道といっても特別整備されたものではなく、往来する人々の足によって踏み固められ、自然にできたものだ。
 それこそ、上空から見れば周囲に比べ、幾らか色が白くなっているが、それを気にするような人もいない。
 ほとんどの人は旅慣れた行商か何かなのだろう、馬車を走らせて、すれ違う際には互いに小さく頭を下げてあいさつをしている。
 商人たちによる一種の社交の場である細く長い街道。
 皆が馬車を使って往来している為、道を歩く者の姿は明らかに少ない。
 というのも、街道は危険に満ちているからだ。
 盗賊や野生動物、旅慣れていない者へ大しての容赦ない自然の脅威。
 一般の人々はその危険を冒してまで国の外へ出ようとする者も少ないのが現状だった。
 そのような風潮の中で、なお歩いて街道を進もうとする少数派の一同は、特殊な存在だ。
 自給自足のスキルと、身を守る為の戦闘スキル。
 その両方を兼ねそろえたプロフェッショナルとして、彼らは冒険者と総称されている。
 職業としての認知度こそ高いものの、その仕事内容は俗に言う流浪の何でも屋だ。
 しかしその需要は意外に高い。
 というのも、国から国へと渡り歩いているので、プライバシーに関わるような仕事を周囲へ漏らしにくいという利点があるからでもある。
 その反面、機密性の高い情報を有している業界からの仕事は貰いづらいという難点があるのも事実だった。
 どちらかというと民間に溶け込んだ職業といえるだろう。
 他方で、その国に身を落とし、永住する冒険者もいる。
 これは先に言ったような機密性の高い業界の仕事を請け負う、言わば専属だ。
 彼らは一般の仕事を受けない代わりに信用を勝ち得た数少ない冒険者であり、国によっては騎士や衛兵とも呼ばれている。
 冒険者といっても、内情はこのように二つの業界に別れていて、案外一般人はこの違いを理解できていない。
 今日も街道を歩いていく冒険者たち。
 彼らの姿を見て、商人たちは顔見知りに気軽にあいさつをしたり、依頼を頼んだり。
 それが日常の光景としてそこに存在していた。
 冒険者もまた、数人でチームを組み、わいわいと楽しそうに話しながら街道を歩く。
 その光景は単調な旅をする商人たちの、数少ない娯楽の一つでもあった。
 閑散とした荒野に咲く、瑞々しい人間の姿。
 その姿を知っている者は数少ない商人だけだ。
短編 晴れのち雨
 ふと歩みを止めたのは、頭に感じた冷たい感触が原因だった。
 ふと見上げると、空は一面にぶ厚い雲が充満しており、小さな水滴がぽつりぽつりと落ちてくるのがわかる。
 手のひらを目の前に差し出せば、その上にかすかな重さと冷たさを感じた。
 結構大粒の水滴だという認識を覚えるのも束の間。
 その水滴が消え去る前に次の雨粒が落ちてきて、ものの数秒で雨の量は倍以上へと増えていった。
 道路に出来た雨の染みが、水の弾ける音と共に広がっていき、道行く人々も蜘蛛の子を散らしたように一目散に雨避けの為に走り始める。
 私もその例外ではなく、手近な店舗の中へと身を投じた。
 店の中に入ると、そこは小さな書店だったらしく雑誌やら新刊書籍やらの棚が見て取れる。
 店主らしき中年の男性が一度こちらをちらりとのぞき見るが、すぐに視線を手元に戻しレジの中で何やら作業を続けていた。
 ガラス張りの壁越しに見える外の風景は数分前とは明らかに変わっていて、まるで別の世界に迷い込んでしまったのではないかと言う錯覚さえしてしまうほど。
 人気もわずかで、薄暗い世界。
 その低い明度から、夜ではないとわかるものの、それでも憂鬱な気分にさせる空気を伴っているような、そんな水気を帯びた天気。
 かろうじて湿っている程度の衣服だが、なんだか肌へと張り付いている感じがして、手で引っ張って引き剥がす。
 髪の毛についた水玉が頭の曲線をなぞって滑るように流れ落ちていった。
 かろうじて目の前の雑誌には落ちなかったことに内心安堵しながら、床に出来た水たまりに視線を落とす。
 外から聞こえるサーサーという雨音に、しばらくはこの天気が続くであろうという予感を覚えながら、本の匂いに癒しを覚える。
 私と同じ理由で駆けこんだのだろう人々の姿も店内にぽちぽちと見られた。
 不思議な仲間意識を覚えながらも、いつまでもこの場に留まっているのも気が咎めて、私は別のコーナーへと歩みを進めた。
 積み重なった本の山を前に、こうして本を見るのも久々だなどと思いながら、手近な一冊を手に取ってみる。
 少し前に発売された、著名作家の名前が目に留まったが、興味をそそる程ではない。
 本など読む時間すら惜しいと思えるほどの、切り詰めた毎日なのだから、当然かもしれない。
 ふと、そこで時間の使い方について自分の中に疑問が浮かぶ。
 本当に、こんな毎日でいいのだろうか?
 なんとなしに浮かんだ疑問だったが、それは私の中に強く深く残っていた。
短編 犬の散歩
 日曜の午後。
 空は快晴で、穏やかな日差しが人々の眠気を誘っている。
 普段より人気の減った住宅街の片隅にある、小さな一軒家。
 猫の額ほどではあるが、庭もあり芝の生えそろった地面には犬小屋がなりを構えていた。
 小屋の中から顔だけをのぞかせているのは、小柄な柴犬。
 眠いのは犬も例外ではないらしく、両目を閉じて突っ伏していた。
 すっかり夢の中の犬だったが、不意に耳がピンと立つ。
 何かの気配を感じたのだろう、閉じた瞳が開かれてつぶらな黒い瞳が姿を現した。
 それから数瞬後、庭と屋内を仕切るガラス戸がガラガラと音を立て、中からふくよかな女性が姿を現した。
 軽くパーマのかかった髪には、小さく白髪が混じっているが、それを隠す事もせずにこやかな笑顔を浮かべている。
 顔にはしわがラインを引いたように浮き出ていて、それなりの年齢だということがわかる。
 その姿を見るなり、犬は犬小屋を飛び出し、大きく尻尾を振り始めた。
 舌を出しながら目を輝かせて飼い主を見上げるその姿からは、嬉しくて仕方がないといった様子が目に見てわかる。
 女性はあらあらと頬を緩め、笑顔のまま部屋の中へと戻っていった。
 だが、犬の期待は治まらない。
 同じ所をぐるぐると落ち着きなく回りながら、絶えず呼吸を荒げている。
 そして間もなく、今度は玄関側から姿を現した先程の女性の姿を見て、急かすように大きな声で吠えた。
 女性の服装は上下ジャージにスニーカー、頭にはサンバイザーという姿。
 手にはリードと色違いのビニル袋が2つ用意してあった。
 女性は犬の傍まで歩み寄ると、手なれた様子でリードを繋ぎ変えて、散歩のスタイルに切り替える。
 犬もはやる気持ちを抑えるように、大人しくその行為を見つめていた。
 行きましょうかと女性が漏らし、歩き始める。
 返事をするように、犬は一吠えすると、従順に女性の隣をぴたりと付いて歩き始めた。
 陽はさほど強くはなく、どちらかというと朗らかな陽気といった印象の天候。
 少し遠回りでもしてみようかなど、考えながら女性はゆったりとした足取りで、相棒との散歩を楽しむのだった。
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