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短編 若き獅子の伸び代
 新しい畳の匂いが胸の中にすぅっと入りこんでくる。
 窓ガラス越しに入ってくる陽射しは、畳を明るく照らし出し、柔らかなぬくもりが部屋の中に広がる。
 裸足で上がった畳の上は、編み込まれたイグサの感触が心地よく、自然と心も踊っていた。
 大部屋の中には一定間隔で並べられた木製の碁盤が利用者の訪れを今か今かと待ち続けている。
 青い畳に、紫の座布団、そして木色の碁盤上には白と黒の碁石が並んでいる。
 人の数は多くはないが、話し声も上がらず、静かというよりも緊迫した空気が張り詰めていた。
 人の声こそ聞こえない部屋であったが、人の存在を知ることができたのは、不規則に響く碁石の放つ乾いた音のお陰だった。
 座布団の上で正座をして、両手を膝の上に固定しながら真剣な表情で碁盤の上の戦況を見守るのは、まだ若い十代前半の少年。
 傍から見て、多少力みすぎだというのはわかるが、それを指摘するほどの余裕はこの部屋にはない。
 一方相手をしているのは、十代後半ないし二十代前半と思われる男性で、こちらはあぐらをかいて年上としての貫録、余裕と言ったものが見て取れる。
 しばし続いた長考の時間。
 その終わりを告げるべく動いたのは少年の方であった。
 集中している為か、顔は血流が色濃く見られ鼻息も荒い。
 碁石を握る手は、小刻みに震えていて目的の箇所へと石を打つのがためらわれる。
 碁盤上に滞空すること数秒。
 少年の手から震えが逃げ去った瞬間、その手は真っ直ぐに碁盤へと降りていく。
 耳触りのよい打石音が響き、手番が変わる。
 男性の表情が一瞬ではあるが強張り、少年の顔へと向けられる。
 しかし少年は元通りの姿勢で、盤上だけを見つめ続けていた。
 男性はあごに手を添え、小さくうなりを上げる。
 長考に入った男性に対し、少年は見向きもせず、ひたすらに頭の中で読みを重ねていく。
 まばたきをする時間すら惜しいと言わんばかりの形相で、少年は微動だにしない。
 そして、男性の一手が決まると、すぐさま次の一手を進めた。
 静かながら激しく繰り返される白と黒の応酬。
 勝負の行方がハッキリとわかるのは、まだ大分先のことだ。
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短編 囮調査
 周囲四面を白い壁に包まれた空間。
 その中央で柊シュウジは考え事をしていた。
 あごに手を当て、神妙な顔つきで目の前の閉ざされた扉を見つめながら早数十分が経とうとしている。
 壁と言っても敷居や衝立といったものに近いもので、上部と下部にはわずかな隙間が開いている。
 だが、下は五センチ、上部も三十センチほどの空間しかなく、外から誰かが忍び込んでくる心配はほとんどないといえる。
 シュウジが腰掛けているのは白い洋式の便器。
 蓋の上から座っているのは、もう用を足しに来たからではないためであり、指は膝の上で忙しなくリズムを刻んでいた。
 一人舌打ちを漏らすシュウジの顔には、苛立ちの色が浮かんでいる。
 その理由は、待ち合わせの時間を過ぎてもその相手が一向に現れる気配がないからであった。
 時間を間違えたのかと思い、胸元からスマートフォンを取り出してみるが、やはり合っている。
 念のため、待ち合わせ時間を指定したメールも読んでみるが、それでも結果は変わらなかった。
 再びスマートフォンを仕舞い、別の理由を考え始める。
 場所を間違えたのだろうか、それとも何かしらの事故で間に合わないのか、はたまたこちらの思惑を察して姿をくらましたのか。
 いずれにしろ、シュウジにはそれを確認する手段はなかった。
 連絡は最初にメールで行ったきりだ。
 アドレスから見ても、携帯用ではなくパソコンのフリーメール。
 数度こちらからアクセスを試みたが、一切の連絡がなかったことを考えると一度きりの捨てアドレスだったのだろう。
 しかし、だからといってこちらが勝手にこの場を出ることはできない。
 相手の顔を見ないことを条件になんとか取引を取り付けることができなたのだ。
 万が一鉢合わせでもしたらすべてが水の泡と化してしまう。
 今すぐにも帰ってしまいたいという感情を抑えながらシュウジは耳を澄まし、ひたすら相手を待った。
 約束の時間からもうじき十五分が経つ。
 もう諦めて帰ろうか、そんなことを考え始めていた頃合いにドアが開く音が、壁の向こう側から聞こえてきた。
 足音が近づいてくる。
 その気配に、シュウジは思わず身を固める。
 いざ相手がくると、途端に緊張が全身を縛りあげ声一つ上げることすら出来なくなっていた。
 足音はシュウジのいる個室の前でぴたりと止まる。
 間違いなく、取引相手だ。
 ノックの音が三回響いてくる。
 脳内で合図を再確認し、拳の震えを抑えて五回ノックを返す。
 幸いにも合図は間違っていなかったらしく、相手は目当ての品を下の隙間から差し入れて来た。
 茶色い紙で放送された包み。
 そこへ注意が向いたところで、相手の去っていく足音が聞こえてきた。
 そこでシュウジは我に返る。
 ドアの閉まる音が聞こえたところで個室から飛び出し、あらかじめセットしていたカメラを回収しに、出口前へと向かう。
 トイレの片隅に置かれていたカメラを手に取り、中味を確認する。
 だが、中に入っているはずのディスクは跡形もなく抜き取られていた。
 シュウジは悔しそうに口元をきつく結びながら、誰かもわからない取引相手の背中を、ドア越しににらみつけていた。
夜八時の遊び
 昼間の暑さもすっかり眠りに着いた夜の八時過ぎ。
 ぽつぽつと見える生活の明りを見下ろしながら、ひと時の安らぎを得る。
 見上げた先に視界を遮るものは一切なく、遥か彼方にある星々の姿が煌めいて見えていた。
 空はうっすらと青みが差していて、宇宙の黒とは少し違った印象を受ける。
 やはり、ここは地球の一部で、宇宙との間には見えない壁があるのだと思い知らされ、深く溜息が漏れた。
 いつまでも空を見上げているのも物足りなくなって、視線を下へと戻す。
 車のライトや外灯の明りが、イルミネーションのように街の形を彩っていた。
 足のすぐ下から聞こえてくるのは、テレビの音声と、談笑するどこかの家庭の声。
 静穏とは少し違う、平和な生活の音がそこにはあった。
 不意にこみ上げてきた欠伸に促されるように、天を仰ぐようにごろんと体を寝かせる。
 緩やかな傾斜と、背中に感じるひんやりとした感触。
 半そでにハーフパンツ姿という薄着の体にとって、それは心地よさを感じるものであったが、しばらく同じ姿勢をとっているとさすがに冷えて身を起こした。
 自然と両腕を抱えるような格好になり、握った二の腕は人肌とは思えないほどに冷たくなっている。
 そろそろ戻ろうと、ゆっくり立ち上がる。
 少しばかり天に近くなった視界は、不思議な優越感を覚えられて、胸がわずかに弾む。
 しかし気持ちの赴くままに動くと足で薄い屋根を突き破ってしまいそうなので、力を込めないよう注意を払わざるを得ない。
 一歩進むごとに心細い軋みの音が上がり、その都度背筋に嫌な汗が走る。
 ――屋根の上には上がるな。
 大家からは、口酸っぱく言われていたことだ。
 この事実がバレたら次はどうなることかわからない。
 だが逆に、それがスリルという快感になってやめられずにいた。
 あと数歩で室内に戻れるといった場所で、ふと足を止める。
 そこに思い浮かんだのは、数か月前に同じ場所でギターを弾いていた時のこと。
 一昔前のドラマに触発されてやってみたことだったが、最上階の住民から苦情が来たとかで大家が飛んで来たのは記憶にも新しかった。
 もう一回やってみようかと、子供のように無邪気な笑みを浮かべるが、すぐに顔を振って考え直す。
 さすがに二度目はないだろう。
 次にやるとしたら――それはここを出る時だ。
 何度も大きくうなずきながら、残りの距離を歩いて屋内へと戻る。
 屋根の上には、うっすらと足跡だけが立派な証拠として残っていた。
短編 死に水が生き返る時
 静まり返っている教室の中で、カツカツとチョークがぶつかる音が響いていた。
 以前の書かれた文字が消された後なのだろう、黒板の上にはうっすらと白化粧がされている。
 白いチョークが黒板の上を滑り、その身がぽろぽろと削り落とされていく。
 宙に舞った微細な白い粉は、空気の流れに身を任せて緩やかに降下していた。
 先端が削れて、歪な形状となったところでチョークが黒板から離れる。
 教師はチョーク置きのスペースに手にしていた白チョークを転がすと、くるりと身を半回転させて教卓へと手を着いた。
 指先に残ったチョークの粉が、教卓の上に付着する。
 だが、教師にとってそれはいつものことらしく、さして気に留めるわけでもなく板書の説明を始めた。
 教師の声が教室の中に響く。
 まるで独り言のような声。
 それを享受する側である生徒達は、耳を傾けつつ板書を書き写す者が大半であった。
 質疑の声も、一切が上がらない、教師の独壇場とも言える空間。
 生徒の中には、今にも閉じそうな眼のままぼんやりと時計を眺めている者さえいる始末。
 欠伸を噛み殺しながら、目元をうるませる姿からは真剣さはまるで見られない。
 だが、教師は自分の仕事は話す事だと暗に明示しているかのような、機械的に教科書と黒板の往復を繰り返していた。
 人々の眠気を誘う、停滞した空間がそこにあった。
 机に突っ伏している生徒、ノートに落書きをしている生徒、他の教科の課題をしている生徒、受講をしているという意識の低さ故か、まるで一体感のない講義の体系は例えるなら死に水のよう。
 そんな中時計の針が、定刻を示す。
 瞬間、教室内に設置されたスピーカからチャイムの音が鳴り響き、生徒達の頭が次々と上がっていく。
 教師はチャイムが鳴り続ける中でも、講義の声を止めようとはしない。
 ざわつく教室内。
 チャイムが鳴り終えた教室で教師は、自らの定めた到達地点目指して、口を動かし続ける。
 しかし多くの生徒の興味は、廊下から聞こえてくる賑やかな声へと向けられていた。
 だが、教師に急かすような生徒が現れるわけでもなく、結局教師の満足いく所まで待ち続ける。
 ひとしきり話し終え、教師は満足すると、今日はこれまでと言い残して荷物を手に教壇を離れた。
 ようやく訪れた休み時間に、教室内のざわめきはより大きな喧騒へと姿を変える。
 それはまさに解き放たれた流水のように、元気で輝かしい色をしていた。
短編 嵐の前の
 さざ波の調べが耳に優しく届く。
 目を閉じてもわかる、遥か上方より降り注ぐ暑い日差し。
 足の裏から感じ得ることのできる、程良く固まった砂の感触は、暑くなった体を立ちどころに冷ましてくれている。
 潮の香りを楽しむ間もなく、砂浜に突き立てた二本の足に容赦なく波が叩きつけられていく。
 それは高さにしてひざ丈よりも少し低い程度。
 押しては返す波の引力に、海辺にそびえるその影は微動だにすることはない。
 類稀なる足腰の強さは、その者の強さを間接的に表していた。
 波のしぶきが砂浜へと打ちあがる。
 そこでようやくその者は浜へと向かって歩き始める。
 一歩ずつ、着実に進む姿は力強く、豪としていた。
 白波にさらされ続けてきた両足はキラキラと輝く砂浜にハッキリとした足跡を残していく。
 その都度、足の裏に砂がくっつくが、それを気にして彼が足を止めることはなかった。
 散切り頭に、決して美しいとは言い難い草色の着物。
 そして土色の袴に、隠しきれないほどのたくましい筋肉を収めているのがわかる。
 腰に差した刀と脇差が上下に揺れ動き、鞘同士がぶつかり合う音が響く。
 波の音にかき消されそうになりながらも、ぺたぺたという足音を置き去りに、その人物は目的地めがけてまっすぐに歩んでいく。
 その瞳は足元など見向きもせず、遥か遠方を見つめていた。
 二歩、三歩と足を進めていくうちに、足跡も乾き、真っ白な砂浜が姿を現す。
 湿った袴も、いつしか乾き、塩が粉末の様に浮き出ており、男はそれを軽く払い、そして駆け出した。
 人気のすっかりなくなった浜辺では、絶えず波の音ばかりが響いていた。
 最後に見せた男の形相。
 それを涼しい顔で見送りながら、海は表情一つ変えず青いままで、雲も相変らず白く笑っている。
 男の行く末など気にするだけ無駄だと言わんばかりに穏やかで安息なひと時を自然は紡ぎだしていた。
 潮風に乗って届いてくる、海鳥の鳴き声。
 それが徐々に数を増やし、騒がしくなってくる。
 遠洋では、雲が表情を曇らせ、黒く大きな存在となりつつあった。
 嵐がくる。
 暗にそう知らせてくれる海鳥の声。
 その声も、海辺から姿を消していった男の耳には届くことはない。
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