IPPI STYLE
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短編 山歩き
 降り注ぐ木漏れ日はきらきらと輝き、まだらな影を顔へと落とし込んでいた。
 光の当たった部分だけは妙に温かく感じたが、涼しい山の気候のお陰もあって、暑さはあまり感じられない。
 木々のざわめきの中に混じって聞こえてくる鳥たちの囀りが耳に小気味よい。
 整備されたアスファルトの道路とは明らかに違う、靴底に感じる程良い弾力。
 呼吸をする度に胸の内へと入り込んでくる、冷たく澄んだ空気。
 都会の真ん中で生活している時と同じ歩みなのに、場所が違うだけで、こうも感覚が違うとは思わなかった。
 普段であれば、もう休憩に入っている時間帯にも関わらず、自分の脚は疲れを見せることもなく、一定の速度で歩き続ける。
 うっすらとかいた汗を時折拭いながら、ゆっくりと流れていく光景を目で楽しむ。
 山道の茶色に周囲に広がる草木の緑。
 木々の隙間から見える青空には白い雲がうっすらと浮かんでいて、その姿はさながら湖に浮かぶボートの様に穏やかに流れていく。
 慣れない山道のせいか、それとも非日常という環境のせいで限界以上のペースで歩き続けていたのか、途端に疲労が重く身体にのしかかってくる。
 荒くなった呼吸を整えながら、足を休める。
 歩きを止めた途端、熱くなった身体を冷やそうと汗が一斉に噴き出してきて、身体が水分を欲し始めた。
 半ば本能的に促されるがまま、持参して来たペットボトルの口を開け、中味を体内へと流し込む。
 よく冷えたスポーツ飲料の、程良い甘味が口の中に広がる。
 体内に流れ込んだ飲料によって、身体が内側から冷やされていく。
 口からペットボトルを放すと、感嘆の息が思わず漏れた。
 今まで歩んできた道を振り返ってみると、穏やかな傾斜をした、緩やかなカーブが麓へ向けて続いて行くのが見えた。
 時間にして一時間強かかった道のりを思い返し、少しばかりの達成感を得る。
 そして、再び視線を前へと向けると、そこには残りの山道が変わり映えない姿で続いていた。
 ボトルの口を閉めると、頂上目指して再び歩みを進める。
 まだ疲れは残っていたが、いつまでも休んでいては何時間かかるかわからない。
 少しでも気分が高揚している内に、登り切ってしまいたい。
 そんな思いで、力強く一歩を踏み出したのだった。
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短編 ポーカーフェイス
 その部屋では、落ち着いた灯りがモダンな雰囲気を醸し出している。
 部屋の中心では円卓を囲む四人の男女が、神妙な顔つきで手持ったカードを眺める。
 テーブルには白いテーブルクロスが敷かれていて、その上にはしわだらけの札や、コインが乱雑に散らばっている。
 それらを無理やり手で押しのけたように作られたスペースには、裏返しになったカードが数枚置かれていた。
 集中のカードはごくごく一般的なトランプ。
 遊んでいるゲームはポーカーだった。
 ルールは単純に手札の5枚だけで結果を決めるというスタイルらしく、幾分多く引き直しを繰り返している。
「――それじゃあ、勝負しようか」
 進行役なのか、それとも引きが良かったのか。
 妙に機嫌の良い男性が声を上げ、勝負を促す。
「……俺は降りる」
 男性の声を受けると、丁度向かいの席に座っていた男は、舌打ちをしながら、テーブルの上にカードを放った。
「――私も降りるわ」
 紅一点の女性も溜息混じりに離脱を宣言し、カードを伏せる。
 男性は残りの参加者――白髪の老人へと視線を向け、回答を待つ。
「……それでは、勝負といこうか」
 老人は目を細めてそう言い放つと、カードを持ち直す。
 男性はその様子に少々顔をしかめると、数秒の沈黙の後、再び口を開く。
「おっと、そういえば賭け金を上げないと。このままだと、降りた輩と何も変わらない」
 そう言って男性はコインをテーブルへ放り投げる。
 金属音が部屋に小気味よく響いたが、男性の表情は険しかった。
 一方の老人は笑顔を崩すことなく、うなずく。
「それでは……ほれ」
 老人は男性と同額のコインをテーブルに、こちらはパチリと置く。
 だが、その動きはもう一度繰り返された。
「――さぁ、受けるか、降りるか決めてくれ」
 ヤナギのように柔らかな笑顔でそう言い放つ老人に、男性はしばし考え込むと、首を横に振った。
「――いや、降りるよ」
「すまないのぅ」
 にんまり笑うと老人は賭け金の回収に入る。
 そして、最後に周りに見えないよう努めてきたカードの開示を行った。
 瞬間、その場にいた老人以外の顔が悔しそうに歪む。
「勝負すれば、勝てたかもしれないのに、もったいない」
 そう言った老人の手札は、役ナシだった。
短編 早朝ランニング
 時間は早朝。
 一定のペースを維持しながら、あらかじめ決められたコースを走る。
 熱気を帯びた息が口から漏れては消えていく。
 上下に動きつつある肩を、何とか前への推進力へ変えようと試みるが、そう上手くはいかない。
 中々前へと進もうとしない身体に、行き場を失ったエネルギーは体中で留まっていた。
 熱を帯びた身体は涼やかな朝の空気を温めながら、荒ぶった呼吸を重ねていく。
 日向と日影を幾度となく乗り越えながら走る、小春日和の街並みはどこか落ち着いていて、安心できた。
 うっすらとかいた汗は、肌着へ染み込んでいき、火照った身体を冷まそうと思考錯誤を繰り返す。
 だが、絶えず走り続け、熱を放ち続けるこの身体には焼け石に水だった。
 このまま走るのをやめてしまえば、逆に必要以上に身体を冷やしてしまうだろう。
 だが、激しく動き続ける心肺はそれはありえないと否定をしてくる。
 このままのペース配分でいけば、きっと最後まで走り終えることができそうだった。
 事前に決めていたチェックポイントに到達したところで、腕に着けた時計へと目を向ける。
 予定よりもわずかに速い時間での到着。
 ペースを落とそうか、一瞬迷いはしたが、体力的にも問題はなさそうだったので、結局このまま進むことにした。
 今日の目標は最後までペースを落とさず走り抜くこと。
 それを念頭に置いて、再度自分に問いかける。
 大丈夫だと自信を持ってうなずくと、しっかりと前を見つめ、姿勢を再度正す。
 本気の走りを知っている人からすれば、遊びとしか思えないような、ジョギングのようにも映るだろうこの足の運び。
 さながら、その走りは例えるなら蒸気機関車とも言えるだろう。
 だが、トレーニングを満足にできるような場所も、それを借りるだけのお金も満足には持ち合わせてはいない現状。
 しかし、趣味として終わらせておきたくはないという思いも少なからずある。
 いつの日か、大会で必ず成績を残してみせると、密かに息巻きながら。
 顔にはそれを表さないように、注意をして。
 今日も日課となった朝のランニングを続けるのだ。
短編 早押し
 深く息を吐くと、目の前にある赤いボタンへと注意を向ける。
 新品同然の輝きを放っているそれは、照明の光を反射してぴかぴかと輝いていた。
 指先に噴き出た汗を、上着の裾へと押しつけるように拭うと、ボタンの上へとそっと乗せる。
 つるつるとした感触を指先に感じながら、流れてくる音声の一語一句を聞き逃さぬよう、耳へと意識を集中させた。
 静まり返ったスタジオは、観衆一人一人の息遣いすら聞こえて来そうなほどで、その場にいる全員の視線が自分へと向けられているかのような錯覚を覚える。
 実際にはその半分くらいなのだろうが、それでも一人の人間が緊張を覚えるには十分すぎるほどの重圧であり、指先が震えた。
「それでは、次の問題です」
 男性アナウンサーの声が響き、途端に背筋が跳ね上がる。
 淡々と読み上げられる問題文。
 冒頭の単語から、問題自体を予測する。
 そして、対する答えが脳裏にちらりと見えた。
 体重を乗せるように手の平でボタンを押しこむ。
 場の緊張した雰囲気とは相反した、軽快な音が響き渡る。
 瞬間、視線はすぐ隣の回答席へと向けられる。
 そこに居たのは、自分の敵とも言える回答者。
 その上方では赤いランプが点灯していて、回答権を主張している。
 ――押し遅れ。
 明確かつ単純な理由だったが、それでも勝てなかったことに多少なりともショックを覚える。
 心の奥底で、失敗しろと何度も祈りながら、顔をじっと見つめる。
 だが、口から放たれた回答は、自分の用意していたものとまるで同じものだった。
 回答後、数秒の間を置いて正否を告げるべく、アナウンサーが口を開く。
「――正解です」
 回答者の席には明朗な正解音が響き、その顔には笑みがこぼれていた。
 ――まだ、次がある。
 わかっていることではあるが、中々気持ちは切り替わらない。
 ボタンを押すのが速かったら、自分が正解だった。
 その事実が、冷静だった思考を煮立たせる。
「さて、次の問題です」
 アナウンサーの声が熱くなった思考へと入り込んできた。
 再びボタンへと手を添える。
 読み上げられる問題を頭にインプットしながら、より速くという言葉を意識する。
 そして、先程よりも数秒速く、ボタンが押し込まれ、自席の赤いランプが点灯した。
短編 夏の終わり
 一度水をまいたはずのグラウンドも、今ではすっかり干上がって、蒸し蒸しとした暑さが露出した肌を焼き焦がしていた。
 帽子のつばを持って、位置を調整しつつ自らの心を落ち着ける。
 噴き出た汗が立ちどころに蒸発していく。
 汗だけならまだ良いのだが、それと同時に体力も奪っていくのが厄介だった。
 口から吐かれる灼熱の吐息。
 緊張と興奮が丁度良い具合に混ざり合って、疲労した身体を動かす原動力となっていく。
 相方のサインを確認し、ミットめがけて投げるだけの簡単な仕事。
 しかし、この上なく難しい至事でもあた。
 グローブの中で白球を握り直す。
 縫い目に沿って指を這わせ、そのまま両腕を高く掲げた。
 バッターボックスでバットを構える打者と、一瞬ではあるが目が合う。
 しかし、そこで動きが止まることはない。
 大きく足を振り被り、マウンドを踏み締める。
 オーバースローから放たれる鋭い一球。
 手からボールが離れ、回転しながら真っ直ぐに伸びていく。
 目指す先はキャッチャーミット。
 勢い余った身体を支える為に、取り残された足を前へと運ぶ。
 振り下ろされた腕は、緊張のせいか固まったまま身体の前で拳を作っていた。
 まるで、スロー再生しているかのように、世界がゆっくりと変わっていくのがわかった。
 その時ばかりは、周囲の歓声すらも勝負の行方を見守るかのように耳には届いて来ない。
 バッターの身体がゆっくりと動き始める。
 腋を閉めて、バットが小さく、しかし力強く回転する。
 その位置はボールの軌道のわずかに下だった。
 それが意味していたのは勝負の結果に他ならない。
 何も無ければ、ボールはミットへと吸い込まれ、すべてが終わるはずだった。
 だが、事もあろうに、ボールはそこから下へと進路を変える。
 まるで、バットに吸い寄せられるかのように一直線に。
 無音が訪れてから、最初に耳に入ったのは、バットが放った快音だった。
 白球は頭上を軽々と越え、外野へ向かう。
 振り返るまでもなかった。
 打ちあがった角度から、落下地点は明らかに観客席の中。
 ――負けた。
 頭の中が真っ白になり、その場に崩れ落ちる。
 自分たちの夏が、終わった瞬間だった。
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