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短編 保存はこまめに
 黒一色の世界に、ゼロとイチの数字が延々と流れていく。
 それは、瞬く間に視界全体を覆い隠し、黒と緑で彩られた、異様な世界観を作りだしていた。
 数字が流れる際、カラカラカラカラと風車が回るような音が耳へと流れ込んでくるが、それ以外の触覚や嗅覚といった感覚器官はまるで機能していないかのような、不思議な感覚だった。
 それは例えるなら意識だけを飛ばしているような感覚。
 例を挙げるなら、画面越しにその光景を眺めているかのようだった。
 しかし、そんな個人の感慨などお構いなしに世界は動き続けている。
 目の前に延々と続く数列は目で追うだけで酔ってしまいそうな、細かなものへと姿を変え、その量を数十倍まで膨張させていく。
 最早、壁紙や絨毯の模様として見た方が楽ではないかと思えるほどだ。
 そして、思考が注視を諦めようとした頃、それは訪れた。
 ピタリと数字の流動が止まり、一定間隔で何かのカウントが始まる。
 カチ、カチとカウンタを鳴らすように、ゼロがイチへと切り替わっていく。
 緑で溢れていた世界に、幾分背景の黒文字が混じっていくのがわかった。
 そして、全ての数字がイチへと姿を変えた瞬間。
 世界は白い光に包まれた。
 その眩くも強い光に、感覚が無いにも関わらず、思わず目を閉じようとする。

 ハッと我に返り、顔を挙げる。
 そのまま周囲を見回してみると、そこは見慣れた大学の研究室だった。
 そこでようやく自分が夢を見ていたのだと悟る。
 長い間眠っていたのだろう、何気なく触った自分の頬にはキーボードの跡がくっきり凹んでいるのがわかり、ディスプレイにはアルファベッドの文字列が、意味もなくレポート用紙数十枚分に渡って続いていた。
 その光景に思わず顔をしかめる。
 仕方なくすべて消そうとしたが、レポートを書いている最中だったことを思い出したのだ。
 考える事数秒。
 最後に保存をしたのは記憶の限り、昨晩夕食を摂る前だ。
 今更そこまでさかのぼって書くのは骨が折れるなどというものではない。
 とりあえず、文章として成り立っている場所まで戻ろうと、スクロールを開始する。
 こんなことなら、論文も日本語にすればいいのにと悪態をつきながら。
 今日という一日の前半を、レポートに追われるのだった。
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短編 長い昼食
 草木生い茂る密林の中。
 私は倒木の陰に身を隠して周囲の気配をうかがっていた。
 木に寄りかかっているおかげで背後こそ安定感があるが、足元は粘土質の土のせいでぬかるみ、靴やズボンは白っぽく染められている。
 近くに川か湧水でもあるのだろう、ざわめきに混じって水音が耳へと流れ込んでくる。
 ただ、それでも緊張だけは途切れることはなかった。
 いつ、どこから、誰が飛び出してくるかもわからない状況。
 私は右腕に銃剣を握りながら意識を目と耳に集中させる。
 不意に、獣の甲高い鳴き声が響いた。
 声の質からして、恐らく猿の類であることは間違いない。
 一番に恐れていた人間の声ではなかったせいもあり、わずかではあるが、気が緩む。
 どれほどの時間、そうしていたのだろう。
 空からはいつしか温かな日差しが差し込み、顔をくっきりと照らし出していた。
 目元にも容赦なく光を浴びせてくる当たり、太陽も中々酷な真似をしてくれる。
 だが、だからといってこの場を動くわけにはいかない。
 この場へ逃げ込む瞬間まで、激しく銃撃戦が繰り広げられていたのだ。
 もしかしたらまだ周囲に奴らが潜んでいて、立ち上がった瞬間に撃たれるなんてこともないわけではない。
 私は無意識の内に歯をきつく食いしばり、銃剣を握る手に力を入れていた。
 こんな時、仲間がいてくれたら、どんなに心強いだろう。
 叶いもしない希望を胸の内で繰り返す。
 一緒にチームを組んでいた仲間は皆、撃たれて消えていったというのに。
 今や散り散りとなって、誰ひとり身の安全はわからない。
 唯一言えるのは、私が今、こうして生きているということだけだ。
 小鳥の鳴き声が上空から降り注ぐ。
 その清々しい鳴き声に、ほんの一瞬ではあるが癒しを覚える。
 少し気を張り過ぎたのかもしれない。
 身体が空腹を主張し始めた。
 そういえば、今日は朝食を摂ったきり、何も口にしていない。
 一応、念のためにと携帯食は持ってきていたが、水は切らしていた。
 半ば、無意識に視線を水が流れているであろう方向へと向ける。
 だが、今移動しては、相手に感付かれるのは目に見えている。
 水場が近くにあるのはわかっているのに、移動はできない。
 何とも言えないもどかしさが、胸の内をかきむしる。
 しばし悩んだが、結局移動はあきらめた。
 移動するのは、本当にどうしようも無くなった時だ。
 そう言って自らを無理やり納得させると、携帯食をポケットから取り出す。
 出来る限り音を立てぬよう、細心の注意を払って包みを剥ぐ。
 そして口に含むと、ゆっくり咀嚼した。
 薬っぽい味が口中に広がり、思わず顔をしかめる。
 一瞬、身体が拒否して吐き出しかけるが、口を固く閉じ、堪える。
 身体を内側からひっくり返してしまいそうな、絶え間ない吐き気が続く。
 しかし、吐き出すわけにはいかない。
 自らの唾液を水代わりに、何とかして胃へと流し込もうとする。
 目にはいつしか涙が浮かんでいた。
 そして、身体が落ち着きを取り戻した頃、二口目を口にする。
 周囲からは、特別変な音は聞こえない。
 それを確認しながら、また拒絶しようとする身体を騙し、携帯食を飲み込もうとする。
 今日の昼食は、大分長くなりそうだ。
 そんな事を思いながら、私は三口目を頬張った。
短編 オフィスに一人残されて
「お先に失礼します」
「あぁ、お疲れ」
 視線をパソコンのディスプレイに向けたまま、気のない返事をする。
 ドアの開閉音が聞こえ、人の気配が完全に消え去ったオフィス内にキーボードを叩く音が響く。
 一通り作業の区切りがついた所で、大きく息を吐きながら背もたれに寄りかかる。
 肩を回しながら、凝り固まっていた筋肉を少しずつほぐしていく。
 疲労の溜まっていた目を休めるように二、三度目を瞬かせると、目の周りに痺れにも似た感覚が広がっていく。
 休憩がてら周囲を見回してみると、オフィスには自分以外の姿が見られないことに気付く。
「そうか……今日も最後か」
 苦笑を浮かべながら机の上に置かれたガムの包みを手に取る。
 その内一粒の放送を剥ぐと、口の中へと放り入れた。
 ミントの香りに混じってメンソールの冷涼感が疲弊した頭をスッキリとさせていく。
 他の部署は証明が落とされ、ノートパソコンの蓋が閉じられている光景は、どこか寂しさをも感じさせるが、それも今や見慣れたものだ。
 再度、パソコンの画面に目をやると、書類の文面が長々とつづられているのが見えた。
 自分で書いたものだとはいえ、改めて目にしてみると頭が痛くなりそうだ。
 今は休憩なのだと自身を納得させて、視線をパソコンの外へと向ける。
 ブラインドの閉じられていない窓には、夜景が映り込み、点々と見える光源がどこか寂しそうに見えた。
「……さて、もうひと頑張りするか」
 大きく伸びをして、気分をシャキッと切り替えると再び椅子へと腰を降ろす。
 絶えず口を動かして、頭を刺激しながら、眠気を意識の奥地へと追いやりながら行う作業。
 出社当初と比べて、幾分鈍くなった指の運びだが、まだ大丈夫だ。
 口の中の刺激が足りなくなったせいもあり、ガムをもう一粒口に放る。
 カリッとした表面を噛み破ると、その内側に潜んでいたスッキリとした感触が口中に広がった。
 あらかじめ口の中に居たガムと一緒に混ざり合いながら、ガムはその弾力を強めていく。
 パソコンのディスプレイの隅に表示されている時間は、もう23時を過ぎていた。
 日付が変わる前に帰れたら――そんなことをぼんやりと思いながら、残りの作業を片づけていく。
短編 パニック
 妙に騒がしい物音に目を覚まし、まぶたをかすりながら窓の外を眺めてみる。
 窓ガラス越しに見えた外の世界では、激しく雨が降り注ぎ、路上には溢れた水が濁流となって覆い尽くしていた。
 普段見慣れたアスファルトの道路は見る影もなく、これがただならぬ状況であるという事は目にも明らかだった。
 このまま冠水が続けば、もうじきこの住まいも浸水してしまうのではないだろうか。
 そんな不安が頭をよぎり、着替えもそこそこに、急いで部屋を出る。
 階段を下りて一階へと向かうと、突き当たりの玄関を真っ直ぐに見据える。
 まだドアの内側にまでは水は入ってきていないとわかり、わずかではあるが安堵する。
 とりあえず様子を見ようと、玄関まで小走りで向かうとサンダルをつっかけてドアを開く。
 そこはまるで海の上にでもいるのではないかと思えるような光景が広がっていた。
 ドアの下すれすれのラインで水が波を立て、庭の土は、給水の限界を越えて溢れた水を、濁った色に染め上げる。
 道路と宅地の境界もわからず、浸水予防の措置を取る猶予はほとんど残っては居ない。
 慌ててドアを閉じると、そのまま洗面所へと向かう。
 そして、これでもかという程の大小様々なタオルを掻き集めて、玄関へと帰還する。
 うっすらとドアの隙間から水が漏れてきているせいもあり、それが余計に思考や行動を焦らせた。
 滑りこむように玄関までやってくると、目に見えない隙間を塞ぐようにどんどん持ってきたタオルを敷き詰めていく。
 粗方作業を終えると、作業中に終始折り曲げていた腰をまっすぐ伸ばし、一息ついた。
 目の前にできたタオルの堤防は、若干の湿り気を帯びながらもそれ以上の水の到達を何とか圧し止めていた。
 だが、それもその場しのぎに他ならない。
 すぐさま踵を返して大事な荷物が水に浸ってしまわないよう家中を駆け回る。
 今日が休日で本当に良かった。
 そんなことを胸の内で思いながら、リビングにばらまかれていた仕事の書類を掻き集める。
 薄暗かった窓の外だが、今ではうっすらと光が差して来たような、そんな気がした。
 しかし頭の中はまだ混乱していたらしく、その騒動が鎮静化したのは、それから十分後のことだった。
短編 雨の下で
 容赦なく叩きつける水の粒は、ぶつかった瞬間に跳ね返り、白いモヤへと姿を変えた。
 小粒なものであればまだ余裕で耐えられただろう。
 だが、天高くより落ちてきた大粒の雨は、身体に当たると同時に体力と体温を奪い取っていく。
 それは一分にも満たない時間。
 にも関わらず、著しく疲労が溜まっていき、何かをするのも億劫に感じるようになってくる。
 髪や衣服も水を吸ってより一層重く感じてくる。
 まるで鉛の鎧を身に着けているかのようだ。
 足元には水たまりが出来ていて、靴もその中に沈みかけている。
 湿った前髪から一際大きな雫が落ちる。
 汗か雨かもわからない液体が顔を伝っていく。
 それらはあごのラインをなぞると、そのまま大地を目指して去っていった。
 身体が芯から冷えていくのがわかる。
 本能か、それとも死への恐怖か、身体が震えを覚え始める。
 視界すらもぼやけるほどの雨量。
 それが自身の孤立感をより強く引き立てているかのように思えて、身体だけではなく心までも冷やし込んでいく。
 どれほどの時間、そうして突っ立っていたのだろう。
 身体が熱を帯びてきたかと思った瞬間には、一歩動けばそのまま倒れてしまいそうな程にまで意識が不安定になっているのを感じた。
 体表に感じた熱は、もう頭の中にまで浸透してたのだろう、今自分がどんな体勢にあるのか、上下感覚すらわからない。
 息をするのも苦しくなり、思わず咳き込んでしまう。
 しかし、口を開いた瞬間、多量の雨粒が口内へと飛び込んできて、逆にむせてしまった。
 反射的に身体を折り曲げる。
 だが弱った体はそれを支え切る事が出来ず、膝からその場に崩れ落ちる。
 雨音の伴奏に混じって、溜まった水が飛び散る音が響いた。
 自身が倒れているとわかったのは、目の前に見えた真横に向かって降り注ぐ雨粒を見たからだった。
 このまま終わってしまうのだろうかと、曖昧な思考が浮かぶ。
 不思議と、もう身体は震えてはいなかった。
 恐怖も何も頭の中に残ってはいなかった。
 ただ、このまま消え逝くことを感覚的に悟り、受け入れようとしていたのだ。
 ようやく楽になれる。
 そう思うと、口元が緩んだ。
 ゆっくりと目を閉じ、意識を闇に溶け込ませていく。
 最後に聞こえたのは、やはり滝のような雨の音だけだった。
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