IPPI STYLE
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短編 毒
 祭りのような活気が通りには満ち溢れていた。
 肌と肌が触れ合いそうな距離にも関わらず、誰もが皆絶秒な間で歩んでいる為、人同士がぶつかることはない。
 遠目に見れば真っ黒なパチンコ玉が大量に流れていくように映るのではないだろうか。
 街中に響くのは、人々の明るい話し声や店頭での呼び込み、そして広告用に収録されたであろう甲高い女性の異様に抑揚をつけた声。
 それこそ、本当に祭りでもやっているみたいだ。
 だが、私自身は到底そんな浮かれた気分にはなれない。
 できることなら、今すぐにでもこんな場所から離れて落ち着きたい所だ。
 もっとも、今の精神状態のままでは静かな場所に移ったとしても気分は晴れないだろうが。
 心の中で舌打ちしながら、とりあえず人にぶつからないようにだけ、最低限気を払って通路を進んでいく。
 周囲の雑音をシャットアウトするように、脳内でひたすらに世の中に対する絶望を噛みしめる。
 どうして世の中は嫌な事ばかりなのだろう。
 どうして自分がつらい目に遭わなくてはならないのだろう。
 どうして、どうして、どうして――。
 疑惑、不審、憎悪。
 感情がネガティブな方面へと一直線に走りぬけていく。
 そして、ハッと我に返る。
 赤信号を渡ろうとしていたことに気付き、慌てて一歩後ずさる。
 すぐ目の前をタクシーが猛スピードで通過していった。
 その様に驚きはしたが、恐怖はさほど感じなかった。
 思い出したように頭の中にネガティブな自分が声を上げる。
 このまま前へ飛び出せば楽になれるのではないだろうか。
 こんなつらく、汚く、存在意義すら見いだせない世界から、脱出できるのではないだろうか。
 まるで花の蜜のように甘美な誘惑。
 それに誘われるように、ふらふらと身体が動き始める。
 周囲にいる人間たちは私を止めようとする事もなく、相変らず雑談に興じている。
 本当に、この世界は他人に無頓着だ――。
 そう毒づきながら足を進める。
 ――瞬間、信号機のランプが青色に変わった。
 私は毒牙を抜かれたヘビのように、スルスルと人混みの中へと再び埋もれていくしかなかった。
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短編 作業場
 金属同士がぶつかり合う音が壁に反響する。
 そのリズムは一定のリズムを刻み、聞く人によってはどこか楽しそうにも思えることだろう。
 室温は外気と比べ、一回りも二回りも高く、噴き出る汗は止まる事を知らない。
 見に着けている作業服の内側は汗で滲み、若干変色していたが、誰もそれを気にすることなく、己の作業に集中している。
 服の上からでもわかる盛り上がった筋肉は、幾千もの鉄を叩き続けてきた実績を物語っているようでもあり、自身に満ち溢れていた。
 その手元には熱で真っ赤になった金属の塊。
 金槌でたたかれる度にその形は薄く引き伸ばされていき、まるで光の粘土のようにも思えるほど。
 しかし実際は直接手で触れることすらできない程の熱を帯びていて、耐熱式のグローブでなければすぐさま指先がただれてしまうことだろう。
 真っ赤な鉄から立ち上る熱気が周囲の空気を温め、歪める。
 遠目に見れば砂漠に見える蜃気楼のような、そんな印象だが、当の本人たちからすれば、距離感を歪める邪魔物以外に他ならない。
 作業を続ける人物は目を細め、金属の様子を見極めようとしながらも、腕を休めることはない。
 今も尚、鉄が赤みを帯びている所へと金槌を振りおろしては、鍛え上げていく。
 金属の甲高い音が何重にも上がり、金属を強くするには今が潮時だと知らせてくる。
 そして鉄から赤みが引いた頃、再び鉄を炉の中へと挿入する。
 引き戻した鉄は全身を再び真っ赤に染めており、早く打てと急かしているようだ。
 瞬間、遠方よりサイレンが響いて昼時だと知らせてくる。
 その音に反応し、一度は顔を上向けるが、すぐに視線を鉄へと落として再び金槌を振るい始める。
 さすがに腹は減ったが、この作業を途中で止めるわけにはいかない。
 せめて区切りがつくまでと内の自分に説明しながら、大粒の汗を流しながら黙々と作業を続けていく。
 大きく振り上げた腕が、思い切り振り下ろされる。
 威勢の良い金音が反響しながら何重にもなって耳へと入り、脳裏に刻まれていく。
 作業ももう佳境。
 もう一息だと、大きく息を吐いて再び腕に力を込める。
 室内に金属のぶつかる音が反射して、サイレンの音をかき消さんばかりに響いていた。
短編 遭難
 360度見渡す限り、変わり映えしない風景が続いていた。
 どの方角を向いても見えるのは青と白に彩られた世界。
 二等分された世界は、下半分が上半分に比べて幾分濃い色合いをしており、時間の経過と共にその姿を流動的に変化させていく。
 それは正に、似て非なる世界。
 上半分は穏やかに白が流れ、下半分は白が激しく入り乱れる。
 今自分が存在する場所はちょうど二つの世界の境界に当たる場所。
 しかし下の世界があまりに激しく揺れ動くせいで、足場が安定しない。
 今すぐにでも、ゆるやかな上の世界に飛び立ってしまいたいという衝動に駆られるが、残念ながら自分にはそこへ到達するだけの術を持ち合わせていなかった。
 この場に留まり続ける事数十時間。
 もう少し変化があれば、気も紛れただろうが、相も変わらぬ風景の連続に、最早変化を求めることさえ諦めてしまっている。
 ぼさぼさになった髪の毛。
 あちこちが垢でかゆみを覚える肌。
 伸び続ける髪や髭。
 痩せこけた体系と顔。
 その後ろ姿は街中を徘徊する浮浪者よりも一回り小さく見える。
 何日も声を出していないのだろう、言語とわかるような言葉を発することもなく、ただ、ストレスに対しての本能的な防御反応しか出てこない。
 それこそ、どこからともなくやってきた海鳥や、肉食性の海洋生物は、絶えず遠方から命の途絶える瞬間を狙っているのだ。
 全面藍色の空間を体験してから数日後、当初は覚えていた船酔いの感覚は、戻した胃液と共に黒い水の中へと溶け込み、今や何も受け付けない。
 唯一の救いは気まぐれに降り注ぐ恵みの水のみ。
 やっとの思いで口を開き、天を仰いでそれを受け入れる。
 それだけのことなのに、鉄の重しを引っ張るかのようなエネルギーの消費を感じる。
 きっと体内にエネルギーが枯渇しているのだろう。
 あれだけ激しく揺れ動いていた箱舟。
 いつからか、それはゆりかごの様に安らかに身体を揺らす。
 心地よい揺れに、意識も徐々に遠退いていく。
 天には薄い光を浴びた、淡く鮮やかな青い光のカーテンが揺らめいていた。
短編 雨の中の太陽
 世の中は、敗者にはこの上なく厳しい洗礼を浴びせるものなのだと、今更になって思い知らされる。
 ぼろぼろになった身体はもう起き上がるだけの気力もなく、体の随所にズキズキとした痛みが走る。
 今でも頭の中に残っているのは、負けた瞬間の記憶。
 思い出すだけで辛酸を舐めたように顔が歪む。
 そこから逃れようと目を閉じ、無心になろうとする。
 視覚情報が遮断されたことで、他の感覚が活性化されてくる。
 背中に感じる地面の凹凸と冷たい感触。
 風の流れる音や、胸の内から聞こえる心拍の音。
 体表に感じる熱い痛みは、幾分引いてはきたが敗北のショックによって起き上がるまでには至らない。
 負けた事は確かにショックだった。
 全てを出しきったのに、勝てなかった。
 しかも、一方的に――。
「はぁ……」
 無意識の内に口から溜息が漏れる。
 そう、まったく手がでなかったのに、相手はとどめを刺さなかった。
 それが馬鹿にされているみたいで、余計に癇に障ったのだ。
 しかし、だからといって今の自分ではアイツに勝てないのも事実。
 いっそのこと、このまま人知れず消えてしまいたいとさえ思ってしまう。
「――っ!」
 ちょうど額の中心に冷たい衝撃を感じる。
 それは弓矢のように身体に突き刺さり、憔悴しきった身体にとどめを刺そうとしてくる。
 今日ほど雨という存在に脅威を覚えた事はない。
 雨粒ひとつひとつが、傷口を的確に捉え、傷だらけの身体にダメージを与えてくる。
 度重なる衝撃に、不意に、このまま死んでしまうのではないだろうかという予感が思い浮かぶ。
 途端に目元が熱くなり、目の縁から熱い水がこぼれた。
 天から落ちてくる水たちによって、それは瞬く間に溶けていったが、一度せきを切った情動は、治まることは当分なさそうだった。
 それからどれだけの時間が経ったのだろう。
 身体は冷え、末端の感覚が曖昧になってきた頃。
 突然上半身から雨の衝撃が消えた。
 一体何があったのだろうと、閉じた瞳がゆっくり開かれる。
 そこに見えたのは、桃色の円と、こちらを見下ろしてくる女性の顔。
「あの……風邪を、ひきますよ?」
 何か言葉を返そうにも、声が出ない。
 それどころか、先程とは全く違う質の涙が止め処なく溢れてくる。
「あっ、あの――どうか、なさいましたか?」
 残る力を振り絞って、首を横に振る。
 それが、今できる唯一の反応だった。
「そうですか……わかりました」
 彼女はそう言うと、そのまま腰を降ろし、傘を傾ける。
 どうして彼女は自分なんかに気を使ってくれるのだろう。
 また、その割にはどうして詮索してこないのだろう。
 気になる事はあったが、それ以上に彼女の優しさが胸に染みた。
 涙によって滲んだ視界では、彼女の傘が小さな太陽の様に見えた。
短編 夢と現実
「ですから、こちらの業者の方が品質も高く、破損もしにくいので――」
 上司に向かい、自らの思いを熱く語るのは入社三年目の若手社員だった。
 今まで雑務をこなし、ようやく担当を持てたという事で気合が入っているのだろう、声の到る所に熱い思いがにじみでているのが、聞いているだけでもわかる。
 しかし、机を挟んだ先に座っている上司は、腕を組んだまま険しい顔を浮かべていた。
 そして、若手社員の言葉が途切れた所で、上司は重い口をゆっくりと開く。
「今まで注文していた業者は?」
「はい、値段は安いのですがやはり長く使うには強度面では若干問題があるので――」
「製品の保証期間内に壊れる恐れがある――と?」
 上司の鋭い眼光が若手社員の瞳を射すくめる。
 一瞬ひるみかけるが、何とか気を奮い立たせると、若手社員は言葉を続けた。
「その心配は……通常の方法で使用すれば、保証期間内での破損はありませんが……」
「そうだったら、正しい使用法を明記すれば問題ないだろう。わざわざ高価な材料を使う必要はない」
「ですから、安全面で――」
 何とか食い下がろうとする若手社員。
 しかし、彼を見る上司の視線は冷たかった。
「――君は何か勘違いをしていないかね?」
「勘違い……ですか?」
 上司は大きくうなずくと、静かに、しかし重々しい口調で語り始めた。
「会社ってのは、何をする場所かわかるか?」
「……働く場所ではないでしょうか?」
 若手社員の言葉に上司は首を横に振り、簡潔に答える。
「金を得る場所なんだよ。金がなければ会社は倒産し、働くことすらできない。働くだけなら、NPOにでも参加していればいい」
 上司の言葉に若手社員の表情が歪む。
 だが上司は言葉を止めることなく、一気に畳みかけた。
「客の為っていうのは社交辞令だ。結局はいかにして金を集めるかが一番大事なんだよ」
「……ですが、良い商品を提供すれば、顧客も――」
「では、その為にコストが嵩んだ場合、誰が補てんするんだ? コストの分給料を引き下げるのか?」
 上司の言葉に、若手社員は苦い顔のまま、口を閉ざした。
 一方上司は大きく溜息を吐き、今度はゆっくりと言葉を続ける。
「できないよな。だから変な気遣いはやめろ。いかに利益を出すか考えて企画を通すことだ。俺からはこれしか言えないがな。わかったら戻れ――」
「はい……」
 上司の言葉を受け、若手社員はすごすごと席へと戻っていく。
 回りで作業を続けていた社員たちも、彼の姿を一瞥するが、誰も彼へ言葉を放つ事はなかった。
 一人の若い社員が、現実を痛感させられた瞬間がそこにあった。
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