IPPI STYLE
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短編 運命の瞬間
 背後に感じる気配を引き離そうと、急いで階段を駆け上がる。
 足音で気づかれる危険よりも、じっとしていて見つかってしまう危険から逃れたかったというのが本音だ。
 階段を上りきると、通路を挟むようにドアが幾つか並んでいる。
 通路突き当たりの壁に見えた窓へと駆け寄って開けてみるが、屋外に出るには少々高すぎた。
 夜の時間帯ということもあって、屋外は真っ暗で、庭にある木の影がぼんやりと確認できる程度だ。
 頑張れば庭木へと飛び移ることも可能だが、失敗したら大地へと叩きつけられてしまう。
 ここは、一旦どこかの部屋へと避難した方が安全ではないだろうか。
 焦っているせいで、判断が冷静になりきれていない。
 しかし、その中でも自分が生き残る手段を懸命に模索していく。
 開け放った窓から夜風が吹き込み、室内へと涼やかな空気を運びこんでくれる。
 興奮と緊張で熱くなった身体が冷やされていくが、それも数秒のことだった。
 階下より聞こえてくる足音に、身体が思わず反応する。
 やってくるのは間違いなくあいつだ。
 今すぐに身を隠さなくては危険だと、頭が本能的に知らせてくる。
 しきりに周囲を見回し、そして最寄りの部屋へと身を飛びこませた。
 薄いドア一枚を隔てただけなので、廊下の足音も耳へと流れ込んでくる。
 すぐ近くにあいつがいる――それだけで心臓は早鐘を打ち、全身に震えが走った。
 物音を立てて気付かれないよう、身体を滑らせるように脇へと動く。
 そして丁度ドアの陰の位置で息を殺して素通りすることを祈る。
 部屋の中に漂う静寂が、通路の物音をより強く伝えてきて、気が気ではない。
 バタン、バタンと次々とドアが開かれる音が背後の壁を通じて振動として伝わってくる。
 意識は背中へと集中していた。
 このままではいけないのではないか。
 そんな思いが自然と胸の内へと浮かぶ。
 そして何かないかと部屋の中へと視線を向けた。
 今まで気づかなかったが、部屋の中はこの上なく殺風景だった。
 恐らく物置として使う予定なのだろう、部屋の奥に小さな段ボールが置かれているだけで、窓も押し入れもなく、天井には電球すら取り付けられてはいなかった。
 もしかしたら、一番隠れてはいけない部屋へと入ってしまったのではないだろうか。
 途端に不安が胸の内に広がっていく。
 しかし、だからといって今更通路へ出て行くわけにもいかない。
 どうか見つからないようにと、目を閉じ、若干顔を上向けて神に祈りを捧げる。
 ――瞬間、すぐ近くでドアノブを捻る音が聞こえた。
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歩道の自転車
 人の往来が激しい大通り。
 道幅が二メートル程の歩道を、多くの人々が行き来している。
 歩道を中心から左右に分断するように、人々の流れが構成され、皆がそれに抗うことなく進んでいた。
 傍から見れば、祭り中の神社の境内のような、そんな混み具合だが、当人達からすれば日常的な光景。
 誰もが表情を変えることなく、一定のペースで街道を歩いていた。
 申し訳程度の縁石で区切られた歩道と車道。
 一歩間違えば車道へとあぶれてしまいそうだが、そこは皆慣れているらしく、危なげなく移動をしていた。
 車道を走るのは通勤の車の他、公営バスやタクシー、トラック。
 赤信号で停止している所を原付がスピードを落とすことなくすり抜けていき、その後を追うように自転車も軽快な音を立てて通過していく。
 まるで、カラクリの歯車になったかのように、流れに逆らう事は難しい現状。
 それを崩すのは空気を読まない存在として認識される。
 それを誇示するように表れたのは、歩道を走行する自転車だった。
 人々の隙間を縫うように進む自転車。
 その運転手は自転車から降りることなく、極力速度を落として進もうとする。
 しかし、人で溢れている歩道には自転車が通行できるだけのスペースがあるわけでもなく、運転手の顔にも苛立ちの色が見て取れる。
 そんな運転手の事情など、歩行者は知るよしもない。
 一定のペースを守ろうと動き続けるだけで、自ら通路をゆずろうなどという輩はなく、いかに自分が早く目的地に着くかということばかりを考えている。
 自転車の運転手の苛立ちは最高潮に達しているらしく、ベルで通行人に場所を開けるよう促した。
 瞬間、周囲の人々の視線が自転車へと向けられる。
 だがそれは気を利かせるものではなく、むしろ邪魔物といった印象を露骨に表したものだった。
 何度もベルを鳴らす運転手。
 だが、人で埋め尽くされた歩道では、その音だけが虚しく響くばかり。
 最終的にはバランスを取るのも難しくなり、自転車の運転手はやむを得ず車体から降りざるを得なくなった。
 自転車を降りている最中にも、人の流れは止まらない。
 皆が迷惑そうな顔をしながら、自転車の周りをよけるように追い抜いていく。
 自転車の持ち主は、自転車を押しながら、車道に出る事も、道を外れる事も出来ず、その後数分間自転車を押して歩く羽目になった。
短編 魅せるということ
 まるで噛り付くように、少年の瞳はテレビ画面に釘付けになっていた。
 少年の手には、最新ゲーム機のコントローラががっちりと握られ、絶えず指を動かして操作を続けている。
 あぐらをかきながらも、身体をやや前傾させている姿は、傍目にも夢中になっているということがよくわかった。
 一方のテレビ画面内では二つのキャラクターが対面しながら、移動やジャンプを繰り返している。
 その内片側は少年の手の動きとリンクして、的確に相手へと攻撃をヒットさせていく。
 画面上部に表示されたゲージは体力を示しているらしく、相手側のゲージは残りわずかとなっていた。
 そのまま攻め立ててればすぐに勝利は訪れる――そんな状況で、少年の猛攻は休息を迎えた。
 一旦距離を置いて、少年は深く息を吐く。
 しかしそれも一瞬の事。
 自らの操作するキャラクターを再び相手へと近づけて、フィニッシュまで持って行こうとする。
 素早くコマンドを入力して、必殺技を発動させようとする。
 しかし、発動する瞬間に相手の攻撃をもらい、惜しくもそれは阻まれた。
 少年の口から反射的に舌打ちの音が漏れるが、すぐにもう一度コマンド入力を試みる。
 そして、寸前の所で再び相手の攻撃をもらう。
 まるで最初から推し量っていたかのようなタイミングでの妨害に、少年の顔も険しく変わり、イライラが募っていく。
 最後は必殺技で終わらせたい。
 ただ勝つだけなら簡単なのだが、制限をつけることによって難易度は段違いに高くなっていた。
 いわゆる一つの魅せプレイということだろう。
 自分の中で設定したハードルだが、それが思いの外高くて上手く乗り越えられない。
 普段なら簡単にいけるはずなのに……その実績が余計に気を荒立て、冷静な判断力を失わせていく。
 何度もコマンド入力を繰り返していくうちに、いつの間にか少年側の使用するキャラクターの体力も当初の半分以上にまで削られていた。
 このままでは、もしかしたら負けるかもしれない。
 その不安が、少年の苛立ちに油を注いでいく。
 ネットで見た動画では、あんなに簡単にやって見せていたはずなのに……。
 荒波の様に揺れ動く感情の中に、悔しさも入って、波はより大きくなっていく。
 そして、不意に少年の集中が途切れた。
「――あっ」
 思わず声が漏れる。
 少年の瞳にはフィールド上で横になった使用キャラクターと敗北を意味するLOSEの文字が、強く刻み込まれていた。
短編 仕事再開
 業務再開のチャイムがオフィス内に鳴り響く。
 休憩をしていた従業員たちも、少しずつ業務へと戻り始める。
 中には、やる気になっている者もいるが、それはごく少数。
 ほとんどの者は、けだるそうにパソコンの前で、作業に入っていた。
 チャイムが鳴り終ってからの数分間。
 昼休憩時と同じような、静かで緩やかな空気が漂い続ける。
 ギアでいえば、今はローギア。
 次第にギアを上げていき、元の忙しないオフィスへと姿を変えていくことだろう。
 キーボードを叩く音。
 マウスをクリックする音。
 プリンタが書類を印刷する音。
 シュレッダーが歯を立てる音。
 人の声はぼそぼそと聞こえるが、決して大きいとはいえない。
 そんなオフィス内の緩んだ空気を、一転させた出来事があった。
 電子音が室内へと響き、2コールを置いて男性の威勢の良い声が上がる。
 音の源は、従業員へと配布された携帯電話。
 電話に出た男性は、パソコンの画面を見つめながら、通話相手と取引を続けていく。
 彼の元へと届いた電話の着信を合図に、次々と従業員の携帯電話へ着信が入ってくる。
 途端に午前中の様な忙しなさがやってくるオフィス内。
 ある者は営業回りの為にオフィスを出て、ある者は電話で顧客との応対に勤しむ。
 このオフィス内で一、二を争う忙しさを感じる時間帯とも言えるだろう。
 しかし、皆が懸命に働いている中、1人だけあくびを噛み殺しながら席に着いている男性がいた。
 男性の年齢は中年で、机の上には課長と描かれたプレートが置かれている。
 机の上には書類が並べられ、形だけは仕事をしている風には見えるが、実質視線は書類ではなく、オフィス内をふらふらと飛び回っているのが丸わかりだ。
 そして手近な女性社員を見つけては、声を掛けて雑談に興じる。
 女性社員は若干ひきつった営業スマイルを見せながら、対応をしていた。
 しかし、額にはうっすらと青筋が浮かんでいて、明らかに苛立っている事がうかがえる。
 通常なら気を利かせて遠慮するところなのだろうが、課長は自分の事に夢中なのか、遠慮なく話を続ける。
 周囲から溜息や苦笑が上がるが、課長は気付かない。
 声を掛けられた女性社員も、もう諦めたらしく、その後数分間拘束され続けた。
「おつかれ」
 ようやく解放された女性社員に、先輩や同僚から労いの言葉と小袋入りの菓子がふるまわれる。
 女性社員は、苦笑しながらそれを受け取り、しばしの間談笑を続けるのだった。
短編 敗退
「ただいま……」
 玄関のドアを開け、履いていた靴を脱ぎ捨てる。
 ドアの閉まる音を背に、僕はおかえりという母親の声を聞き流して脱衣所へと向かった。
 スポーツバッグを床へと下ろし、ジッパーを開く。
 中から取り出したのは土汚れのこびりついたユニフォームだ。
 洗濯物のカゴへとそれを移すだけなのに、ユニフォームに目が移って動かない。
 いや、動かせないといった方が正しかった。
 湧き上がってくる少し前の出来事。
 勝てるはずだった試合に、仲間のミスで負けたのだ。
 悔やんでも悔やみきれない。
 ミスした本人は泣いていたせいもあって、それ以上責めることはできなかったけど、正直なところやるせない気持ちでいっぱいだった。
「――くそっ」
 忌々しい思い出を吐き捨てるように、僕はユニフォームをカゴの中へと投げ込む。
 しかし、次の瞬間には言い様のない寂しさがこみ上げて来て、虚しい気持ちに包まれた。
 どうして……どうして……。
 自分の部屋へと戻る足取りは重かった。
 しかし、家族にそれは話せなかった。
 話せるわけもなかった。
「あら、結果どうだったの?」
 廊下で偶然母親と出会う。
 当然勝ったんでしょうという、揺らぎない瞳でこちらを見つめてくるが、それに応えられるだけの結果を僕は用意していない。
 一旦足を止めてどんな言葉を返そうか思考を巡らせるが、いい言葉が思い浮かばず、そのまま無言で部屋へと向かった。
 予想外の対応だったのだろう、背後から母親の驚きと混乱の入り混じったような声が聞こえた。
 自室のドアを閉めて、鍵を閉める。
 照明のついていない部屋は、今の自分の心を投影しているかのように真っ暗で、ぼんやりとしかその様子を確認することができない。
 しかし、それでもベッドの場所はなんとか把握する事が出来た。
 僕はふらふらとした足取りでベッドまで向かい、その身をマットレスの上へと放る。
 スプリングの弾力が、軋みを上げながらも、僕の全体重を受け止めてくれる。
 余計な力が抜けていくのがわかる。
 柔らかな物に身体を包まれているせいか、不思議と安心感が満ちてくる。
 だが、そのせいか今まで抑えていた感情が再び湧き上がってくる。
「うっ……ううっ……」
 できるだけ声を上げないように。
 できるだけ、母親に悟られないように。
 小さな嗚咽を堪えながら、僕はベッドに顔をうずめるのだった。
 長いようで短い夜が、すぐそこにまで迫っていた。
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