IPPI STYLE
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短編 寒さに負けず
 目を開くと共に、自分の意識が鮮明になっていくのがわかった。
 身体を起こすと、掛けられていた布団がぼふっと音を立てて腰を折る。
 布団を被っている間はよかったが、今身につけているのは厚手のパジャマのみ。
 そんな私目掛けて、今がチャンスとばかりに冷気がまとわりついてくる。
 今一度布団の中へと戻りたくなるが、そんなことを言ってもいられない。
 早く着替えて暖房の利いたリビングへ向かいたい。
 そんな思いから、そそくさと布団を抜けだし、着替えを始める。
 タンスから今日着る衣服を取り出し、足元に置く。
 夏場だったら起きてすぐパジャマを脱ぎ捨てている所だろうが、今そんな事をしたら凍死してしまいそうだ。
 肌着と上着を出し終えたところで、急いで着替えを始める。
 一秒たりとも無駄にはしたくないとの思いから、脱ぎ捨てたパジャマはその場に放置して、すぐさま替えの衣服へと袖を通していく。
 衣服が肌と接触した途端、ひんやりとした感覚に思わず身が縮む。
 だが、それをこらえなくては先へは進めない。
 しきりに体を動かして、少しでも暖を取ろうとしながら、脱ぎ捨てた衣服を手に部屋を出ようとする。
 ドアノブに手を掛けたところで布団に一瞬意識が向けられるが、別に畳むのは後でよいだろうと思い、そのままドアノブを押し開けた。
 ドアの向こう側はもちろん廊下。
 自室以上に冷たい空気が肌を撫でて部屋の中へと入り込んでくるが、冷たい衣服を身に付けた時ほどではない。
 だが、それでも体が寒さを覚えるには十分すぎた。
 まだ温かい衣服を暖具代わりに胸に抱き、廊下を足早に駆けていく。
 フローリングの床は、ソックスだと滑り易く、途中ヒヤリともしたが、転ぶことはなかった。
 リビングへ向かう途中、浴室のカゴへとパジャマを放ると、そのまま洗面台の前に立ち、寝癖のチェックをする。
 目立たない程度だったのでセットは後でも大丈夫そうだった。
 そして、今度こそリビングへと向かう。
 タイマーのセットさえ忘れていなければ、今の私にとっての楽園がそこに待っていてくれる。
 少しばかり浮足立った歩みでリビングまで向かうと、私はその扉を開けた。
 待ちわびた暖気。
 思わず溜息が口をついて出る。
 朝の準備をするにもまだ時間はある。
 少しの間だけでも、テレビを見て寛いでもいいだろう。
 その前に、コーヒーでも用意しておこうか。
 色々な事を考えながらも、とりあえずはリビングの中へ入り、ソファへ身体を落ち着ける。
 ふと視線を向けた先――カーテンの隙間から小さく見えた窓ガラスは少し曇ってぼやけていた。
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短編 鶏ガラ
 駅の出入り口から少し離れた所にある広場。
 大勢の人が集まり、何かを取り囲んでいる様が見えた。
 散歩がてら駅前に来たわけだが、面白い事をやっているのなら見ない方が損だろう。
 私はその人だかりの中に足を踏み入れる。
 広場に集まっていた人々の世代は主に子供とその母親、後は定年後の老人や婦人方だろうか。
 辺りを見回してみたところ、若い世代はあまり見当たらない。
 よくよく考えてみたら、若い人間は皆仕事で忙しいのだから当然なのかもしれない。
 子供や老人が集まっているという点で大体予想はつく。
 キャラクターショーかそういった類のものだろう。
 特段、そういったものに興味があるわけではなかったが、何があるのかわからずに終わるというのはどうにも性に合わない。
 わからないことは自分の目で確かめたいという性質の人間なこともあって、私は少し遠目からその渦中の人物の様子をうかがうことにした。
 ゆっくりと、大回りをするようにして、顔だけをその中心に向けながら歩く。
 半周くらいした所だろうか、比較的子供が多い場所まで来ると、案外簡単にその人物の顔を拝む事が出来た。
 だが、そこに居たのは私の予想の若干斜め上を行くキャラクターだった。
 着ぐるみが、観衆に手を振りながら愛嬌よく立ち回っている――これはいい。
 問題はその着ぐるみが、何のキャラクターかよくわからないという点だった。
 思わず足を止め、顔を若干前へと突き出しながら、目を細める。
 鳥の雛のようであるが、羽根らしきものは見られない。
 それどころか浴衣というのだろうか、そんな感じの服装に頭には手ぬぐいの入った桶を乗せている。
 温泉宿がキャラクタービジネスでも始めたのだろうか。
 疲れて見間違えたのではないだろうか。
 そんな希望から、まばたきを何度かして、改めて見てみるが、やはり着ぐるみはそこに居た。
 実際に目で見て確認をしてみたわけだが、やっぱりよくわからない。
 もしかしなくとも、私が子供番組を見ていないだけで現在はあんな感じの風貌が子供に受けているということなのかもしれないが。
 一瞬、テレビで流行っていたご当地キャラというのも考えついたが、自分が住んでいる町と重ね合わせて見ても、温泉やら鳥の雛やら、何ら見当が付かない。
 結局私は首をひねりながら、来た道を戻るのだった。
短編 演説
 寒さもいよいよ本格化しようかという年の瀬。
 主要駅前の広場という空間は、大勢の人間が利用していることもあり、大変に混雑していた。
 皆がコートや厚手の衣服を身に着け、首周りにはストールやマフラーを巻きつけて足早に歩みを進めていく。
 皆の白く染まった吐息や、若干赤らんだ顔がその寒さを間接的に伝えてくる。
 そんな中、喧騒を引き裂くようにスピーカから野太い男性の声が響いていた。
 音声の源は駅前の道路に止められた選挙カーの上。
 拡声器を手に大声で人々に呼びかける老人の姿だった。
 一見安値に見える薄地のコートも、見る人が見れば結構な値の代物。
 拡声器を持つ手にも白い手袋をはめられていて、額には大粒の汗を浮かべている。
 その姿を見て、一部の人は足を止めて彼の周りに集まる。
 しかし大半の人間――特に仕事や私用に忙しい若い世代の人々は横目で眺めながらも足を止めることなく通り過ぎていく。
 結局、老人の周りに集まっているのは同世代かそれ以上の年を召した老人たちばかりだった。
 中には若い世代の人間も混じっているように見えるが、ほぼ間違いなく雇われた人間だろう。
 その証拠に、突っ立って演説を聞いては居るが、その表情はどこか眠たげで、言っている事を理解できているとは思えなかった。
 にも関わらず、時折相槌を入れたり、野次を飛ばしたりと彼なりに頑張っているのがわかる。
 その声に対して、立候補者の老人は、あらかじめ用意でもしていたであろう言葉をよどみなく並べていく。
 粗方自らの主張を終えた老人であったが、次に口から放たれた言葉は過激だった。
 現政権の大臣や与党の議員に対する非難。
 まるで彼らの全否定をする事が生きがいと言わんばかりに感情的に言葉を連ねていく。
 聴衆の中には大きくうなずく年配の主婦や、現在の景気に不満を持っているのだろう人々が同調の声を挙げていた。
 そして、その輪はより大きく広まっていく。
 皆、現在の生活に不満を持っているのだろう。
 政治家はきれいな存在でなければならない。
 それこそ神や聖人のように。
 演説をしている人間とそれを聞く人々。
 その光景は、一歩引いた位置から見れば、どこぞの宗教と何ら変わりなく思えた。
 人間は神にはなれない。
 にもかかわらず、それを当然のことだと疑うことなく主張し、理解を得ている。
 政治家は人間だ。
 その理想論の裏に、黒い顔を隠し持っているのは明らかなのだ。
短編 月見酒
 ふと上を見上げれば、果てしなく広大な、真っ黒な皿の上にこうこうと輝く、青白い団子の姿が目に留まる。
 誰かにかじられているのだろうか、普段は絶えず歪な円を見せ続ける光の団子。
 でも、今日ばかりは万全の体勢でこちらを見下ろしている。
 薄く伸びた綿菓子も、ゆっくり動きながらも、時折団子の前へと躍り出て、自らの存在を主張してくる。
 しかし、残念ながら人々の注意は彼らに向けられる事はない。
 日中は、赤々と燃え続けるりんご飴の陰に隠れてしまっている、そんな団子の数少ない晴れ舞台なのだ。
 空気の澄んだ時節ということもあって、屋外では若干肌寒さを覚えるが、それを苦に感じさせないのは、その美しさに魅入られているせいか、それとも口にしている盃のせいか。
 少し考えてみるが、どちらにしろ構わないじゃないかという結論に行きつき、再び盃を煽る。
 飲んでは注ぎ、呑んでは注ぎを繰り返す。
 そのペースは落ちることはなく、むしろ加速していく。
 延々と続くと思われていた光景に変化が訪れたのは、わずか経ってからのことだった。
 酒瓶が空になったらしく、本当に中味が無いのかと、紅くなった顔で瓶の中をのぞきこもうとする。
 そんな動作をしている時点で大分酔いが回っているのは目に見えているのだが、当事者にはわからない話だ。
 用意していた酒は全部なくなってしまったらしい。
 落胆の溜息が酒臭さを伴って口から漏れる。
「――これで、最後か」
 酒瓶と格闘している間、片手に持ち続けた盃。
 最後の一杯と称して、ゆっくり味わおうと胸元へと運び、波立つ酒面をのぞき込む。
 なみなみと酒が注がれた盃の上には、小さく震えながらも頭上遥か遠くにあるはずの団子が浮かんで見えた。
 こいつは風流だ、などと今更ながら詩人ぶってみるが、赤い顔で言っても道楽程度にしか思われない。
 酒の肴には不自由しない、秋の風物詩。
 ただ、口恋しさから求める魚は手元にはない。
「あぁ、これが全部食べられたらいいのに……」
 半分ろれつの回らなくなった舌でつぶやくと、最後の一杯を煽った。
 盃の上に浮かんだ団子は、跡形もなく消え去り、酒飲みの深い吐息だけが周囲に響いた。
短編 雨が降る前に
 繁華街から少し離れた住宅地。
 庭先に出て見上げる空は少し薄暗く、大空の大半を覆い隠す雲に、無意識ながら眉をひそめてしまう。
 太陽が隠れただけでこうも気分が暗くなるとは思っても居なかった。
「……これは、ひと雨くるかな?」
 天気の事はよくわからなかったが、こんなに厚い雲が掛かっている日は、割と雨が降っている事の方が多いように思える。
「いよっ……こいしょっと……」
 あちこちにガタがきている身体に気合いをいれて物干し竿まで向かう。
 雨が降ってくるまでに屋内へ入れておかなくては色々と面倒だ。
 大家族というわけでもないので、洗濯物の量はそれほど多くはない。
 下着や肌着、タオルが少し多い程度で、ジャージや上着が数着あるくらい。
 二、三往復もすればすぐに終わるだろう。
 右足、左足を交互に前へ繰り出す。
 時折痛む腰に、ちょっとばかり休憩を入れながら、たった数メートルの距離を息を荒くして移動する。
 昔はもうちょっと軽やかに動けていたのに。
 そんなことを思いながら、自分の身体の老いを憎む。
 しかし、いくら憎んだ所で身体が言う事を聞くようになるわけではないので、血圧が高くなってしまうだけなのだが。
 洗濯バサミを外し、洗濯もを腕にかける。
 粗方乾いていたが、まだ若干湿り気が残っていて、少し部屋干しが必要なようだ。
 少し高い位置にある洗濯物に手を伸ばそうとすると、背中から腰にかけて、固まった筋を無理やり引き延ばそうとするような感覚がして、少し顔が歪む。
 もうそろそろ限界なのかもしれない。
 長年使い続けた物干し竿に目を向けながら、小さく息を吐く。
「――そうだった、そうだった。洗濯物をしまわなくては」
 何のためにここまで出て来たのか、理由を思い出して慌てて作業に戻る。
 洗濯物が幾つか溜まった所で踵を返し、家屋へ向かった。
 残りは大体一往復程度だろうか。
 家の中へ一旦洗濯物を放って、再び物干し竿へと向かう。
 雨粒はまだ降って来てはいない。
 庭に点々と雨の足跡が付いてしまう前に――。
 のんびりとした老後の生活。
 自然と生活も達観したように緩やかに流れ始める。
 そんな中、久々に忙しなく動くというのも、妙に新鮮に感じられ、気分が昂る。
 昔から同じことをしているのに、何だか不思議な感じだった。
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