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短編 盆
 様々な形の墓石が立ち並ぶ寺院の一角。
 遠くでは蝉が短い余生を謳歌する鳴き声が響き、夏という季節を実感させられる。
 額から垂れる汗もそのままに、目的の場所へと歩みを進めていくと、間もなくしてその場所へ到着した。
 自分の他に人の姿は無かったが、きれいに掃除された墓前は、誰かしらがこの場所に訪れている事を暗に示している。
 どこの誰かは皆目見当もつかないが、人に好かれていた存在なのだとわかって、胸の中に熱いものがこみ上げてくる。
 しかし、感極まっていては何もできない。
 深く息を吐いて気持ちを切り替える。
 まずは軽く掃除をして、水を上げる所から。
 周りの雑草抜きやらを覚悟していたのだけど、見知らぬ誰かのお陰で正直助かった。
 汲んできた水を柄杓を使って丁寧に掛けていく。
 水を掛けると、周囲の温度が少し下がって感じて涼を感じる事ができた。
 それだけの所作にも関わらず、相変らず高い気温は全身から汗を噴き出させにかかる。
 結局、掃除が終わった時には全身汗だくになっていた。
 新品の洋服を着てこなくて良かったなんて事を思いながらも、替えの生花を供えようとする。
 本来なら古い花を回収する所だが、今日は誰かのお陰でまだ新しい生花が立っている。
 さすがに差し替える気にはなれず、持って来たものも一緒に供えることにした。
 最後に線香を上げ、手を合わせる。
 目を閉じると、線香の香りと蝉の鳴き声がより強く感じられた。
 その瞬間だけは、時間の流れがゆっくりに感じられ、束の間の休息を得られたような心地になる。
 目を開くと、今度は時計で時間を確認する。
 帰りのバスの時間もあるので、長居は避けたかった。
 こんな時だけは、墓地が近くにある人がうらやましく思えてくる。
 もっとも、近くに住むとなれば、それはそれで様々な問題もありそうだけど。
 そんなくだらないことを考えながら、持って来た荷物を片づけ始める。
 忙しく働き続けるのもいいけど、偶にはゆっくりとした時間を過ごすのもいいかもしれない。
「それじゃあ、また今度――」
 そう墓へと言い残して、踵を返す。
 家へと続く足取りはわずかに軽くなっていた。
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短編 入試前日
 放課後になって間もない時間帯。
 校舎内にはまだあちこちに生徒の姿が見られ、雑談やクラブ活動に勤しむ声が至る所で聞く事が出来た。
 数分前まで授業が行われていた教室も、今ではすっかり人気が無くなり、残って作業をしている人物もいない。
 しかし、教師が居残っている生徒達に帰宅を促していたのだから、それも当然だろう。
 普段は別段興味もなさそうに放任している教師たちが、今日に限って動いている理由。
 それは明日に控えている行事にあった。
 ――入学試験。
 それは、入学したいという希望者が集まり、学力を測るべく行う試験。
 その会場を作り上げるべく、余計な生徒を追い出す魂胆からだった。
 生徒の消え去った一部の教室では、机の配置やあらかじめ登録してある希望者の受験番号のチェックをしている中年教師の姿が目に付く。
 教室の外から興味深そうにのぞいている生徒も中には居たが、教師の一括で撤退を余儀なくされる。
 初めのうちは興味深そうにしていた生徒たちだったが、すぐに興味を失ったらしく、ものの数十分で校舎内から大半が姿を消した。
 残るのは部活動を続けている生徒や手伝いを任された生徒会の人間くらいのものだろう。
 仕事も一段落ついたのだろう、曲げた腰を伸ばしながら、中年の教師は口から低い声を漏らす。
 そして、今日何度目かわからない名簿の確認を終えると、教室を後にする。
 廊下に出ると、同僚である若い女性教師が廊下の端からやってくるのが見えた。
 中年教師は小さく頭を下げると、女性教師はその様子に気付いたらしく、同じように小さく一礼する。
 その後、幾分急いだ足取りで中年教師の元へと近づいてくる。
「お疲れ様です。そちらは、終わりましたか?」
「えぇ、そちらは?」
「こちらも終わりました。後は、主任に確認を取ってもらえば一段落って所ですね」
 主任という言葉を出した途端、中年教師の顔がわずかに曇る。
 学年主任は特別嫌いというわけではないのだが、彼にとってはどうにも苦手な存在だった。
「……えぇ、何も言われないといいんですけどねぇ」
「ふふっ、大丈夫ですよ。どこかの小姑じゃないんですから」
 口元に手を当てて笑う女性教師。
 その表情につられて中年教師の顔にも照れに似た笑いが漏れる。
「そ、そうですよね……」
「はい、それじゃあ行きましょうか」
 半ば女性教師が引っ張る形で、二人の足音が廊下を進んでいく。
 様々な想いを乗せて、吹奏楽の音楽が校内に響いていた。
短編 美しい世界へ
 世界は歪んでいる。
 この上なく歪んでいる。
 私の心が歪んでいる。
 この上なく歪んでいる。
 モラルも常識も、そんなものなんてただの飾り。
 歪んで、捻じれて、この世から乖離できたなら、どれだけ楽だろう。
 理性を失った身体は、本能に従って動き始める。
 他者を敵視し、防御反応をとろうとする。
 痛みを感じる。
 でも、苦痛ではない。
 それは生きる為の痛み。
 自分を守る為の痛み。
 歪み切った世界の人間は、奇異の目で見てくる。
 自分は巻き込まれたくないという瞳をしながら、距離を置いてこちらを見てくる。
 血のつながりなんてあってないものだ。
 本当に大事なのは自分だけ。
 自分の為に生き、最後まで自分の為に尽くして死ぬ。
 人間ってのはその程度の生き物だ。
 歪み切った世界で。
 歪み切った心で。
 歪み切った瞳で。
 見えた世界はこの上なく汚かった。
 見せかけの美と、真実を写す影。
 本当に美しいものなんて無い。
 美しいと思う心に自分が酔っているだけだ。
 そんな事があってはならない。
 人間という汚い存在にあってはならない。
 それこそ神の様な存在であるべきなのだ。
 その為には人間の身体を有しているべきではないのだ。
 人間の身体から解脱するべき方法。
 肉体と精神を切り放す方法。
 それを探して、考えて、実行するまでに時間は必要なかった。
 数少ない未練。
 それを放り捨てて、ようやく自由への準備が整う。
 きっとその瞬間は、これ以上ないと言えるほどに、清々しい気持ちだろう。
 当然だ。
 周りの人間よりも、一足先に、この歪んだ世界から抜けだす事ができるのだから。
 束の間の幸せを、胸一杯に噛みしめ、味わう。
 そして、最期の瞬間をしっかりと目に焼き付けるべく、大きく目を開く。
 誰かに止められる前に、一歩を踏み出すのだ。
 瞬間、世界はものすごい勢いで流れていくのを感じた。
短編 山のアイドル
 新緑が広がる森の中。
 程良く整備された山道は上空から差し込む光もあって歩くには快適だった。
 出かけた当初はそれほどやる気がなかった彼女も、森の香りと爽やかな風の流れに、重かった足取りも徐々にではあるが軽やかなものへと変わっていく。
 今では手にした籠も振り子のように大きく前後している始末だ。
 気分が高揚し、鼻歌でも歌い出してしまいそうな程の上機嫌な彼女。
 その目的は山菜採りだった。
 それ故に、服装も汚れても良いような麻布製のものに履きつぶしたスニーカー、頭には布切れで作った頭巾という出で立ち。
 年頃の少女にしては、いささか華やかさに欠ける服装だ。
 それどころか、傍目には随分と威勢の良い老人だと見間違えられそうな姿でもあったが、当人は気にする素振りもない。
 そもそも、過疎化が進んでいる田舎で、可愛らしいと褒める事こそあっても、それを指摘して笑うような人間は居ないのだ。
 山の奥に向かうに従い、彼女の歌声もより大きなものへと変わっていく。
「……さて、そろそろかな?」
 そう呟いたところで、彼女の足が止まる。
 道は頂上に向けてまだ続いては居たが、彼女の目的は山菜。
 一度呼吸を整え、ろくに整備されていない自然の斜面へと足を踏み入れていく。
 体重を掛けると、その重さを支え切れず、地面がわずかに沈む。
 慣れない人であれば、必要以上に体力を消費するところだが、幼い頃からこの仕事を続けてきた彼女にとっては大した問題ではなかった。
 自分の庭とでも言うかのように、木の幹に手を添え、森の奥へと進んでいく。
 彼女が戻ってくるのはそれから数十分後のこと。
 それまでの間、人気のなくなった山道は、頂上から吹き下りる風だけが、寂しげな歌を奏で山の麓まで駆け降りていた。
 だが、彼女が戻ってくると山の雰囲気は一変する。
 腕に掛けた籠にワラビやらゼンマイ、食用と思われるキノコを山盛りにしながら、注意深く斜面を下って山道へと戻ってくる。
「これで、よし……と」
 彼女が戻ってきただけで、山全体に春が訪れたように華やかな空気が広がっていく。
 しかし、当人はその様子に気付かない。
 ただ、今日の成果にほおを緩め、悠々と山道を下っていくばかりだった。
短編 菓子折り
「あぁ、遅くなってスイマセン」
 少年の様な笑みを浮かべながらやってきたのは、三十代半ばから後半と思われる男性だった。
 体格も中肉中背、髪も短く切り揃えられ、容姿からは好感を受ける。
「いえ、大丈夫ですよ」
 私は本日三杯目のコーヒーを口に運ぶと、愛想笑いを浮かべて彼を迎え入れる。
 待った時間はおよそ30分。
 少し早く着き過ぎたというのもあるが、それでも15分の遅刻というのは、いささか良い気分ではない。
 しかし、それでも許せてしまうというのは、彼の人柄故だろうか。
「いやぁ、本当にスイマセン。上司がまた無茶苦茶な仕事を押し付けて来やがりまして――」
 笑みを崩すことなく、そう言いながら彼は席に着く。
 私は何も言葉を発さず、そっとコーヒーカップをソーサーへと置いた。
 カップとソーサーがぶつかり、カチャリと音を立てたのを最後に、仕事の空気に入ろうとする。
 しかし、そんな私の思惑と裏腹に彼はあっけらかんとした様子で声を上げた。
「あっ、店員さん! 俺、アイスコーヒーね」
 近くのテーブルを片づけていた女性店員を呼び止め、そう告げると男性はポケットからハンカチを取り出し、額の汗をぬぐい始める。
 ――どうにも調子が狂う。
 決して不快ではないのだが、自分の仕事のペースとはまた別の空間で、勝手がわからないと言った方が正確かもしれない。
 こんなことで上手く話は進むのだろうか。
 一抹の不安を感じながら、早速話を切りだしていく。
 動かない事には何も変わらないと思ったからだ。
「それで、早速商談についてなんですが――」
「あっ、そうそう。遅れそうだと思ったんで、お詫びにお土産買って来たんですよ。お宅の上司さんにもどうぞ」
 私の話をさっそく切り上げ、男性は思い出したように荷物の中から菓子折りを取り出し、テーブルの上に置いた。
 包装から察するに、有名な洋菓子店のもののようだ。
「いえ、そんな……悪いです」
「いやいや、遅れた私も悪いですから。是非持ち帰ってください」
「は、はぁ……」
 どうにも断りきれず、菓子折りを受け取る。
 彼のペースになっているのは明らかだったが、ここで何もしないわけにもいかない。
 私は自分をいきり立たせ、商談を有利に進めようと試みる。
 しかし、その都度彼に出鼻をくじかれ、商談が終わるころにはひどい疲労感を覚えていた。
「――それじゃあ、また今度よろしくお願いします」
「……はい、今後も、ご贔屓にお願いします……」
 元より噂は聞いていたが、思った以上の相手だったというのが正直な感想だった。
「あんな人を相手に、仕事をしてたのか……」
 もう見えなくなった男性の背中を眺めながら、自分の上司の交渉力に感嘆する。
 そんな私の手には鞄と、菓子折りの入った紙袋がしっかりと握られていた。
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