IPPI STYLE
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短編 紅茶とケーキとクラシック
 昼食を終えて一息つこうかという時間帯。
 人気の無いリビングに自分の足音だけがトントンと軽く響く。
 いつもの事ながらこの瞬間に、ほんの少しの侘しさを感じてしまうが、それももうすぐ終わる。
 目的は部屋の端の方――観葉植物の隣に置いてある棚の上にあるプレーヤーだ。
 棚のそばまで近づくと、ラックの中に収納されているケースの中から今日の気分に合わせた一枚を手に取り、手慣れた所作でプレーヤーの中へと挿入する。
 オート再生が機能し、内部でディスクが回転していく音が耳に聞こえた。
 準備は出来た。
 あとはいつものソファに腰掛けて食後のティータイムを楽しむだけ。
 あらかじめ用意していた紅茶とケーキの元へ気持ち少し早めの足取りで向かう。
 紅茶のカップからは湯気が上っており、まだ冷めていないことを教えてくれていた。
 脚を止め、ソファにゆっくりと腰を降ろす。
 そこでようやく紅茶のカップを手に取った。
 顔に近づけると芳醇な香りが鼻に抜けて心が落ち着いていく。
 そこへタイミングを合わせるように、プレーヤーのスピーカからクラシック音楽が耳へと流れ込んでくる。
 序盤の入り方は静かに、しかしこれから広がっていくであろう展開を予感させる、奥行きのある音楽。
 音と香りという異なった二つの要素。
 それが今、心の癒しという点で見事に調和し、この身体の中で共鳴し合っていた。
 無音に近い、寂しい部屋がいつの間にか高貴で優美な部屋へと衣替えを始めていた。
 口に含んだ紅茶の甘味と深み、そしてわずかな苦み。
 まるで人生の様な味だなどと自分なりに思いながら、そんなことを思った自分に笑いを漏らす。
 クラシック音楽も中盤に入れば、自然と盛り上がり、各楽器の力強くも繊細な演奏が耳を染める。
 ケーキを小さく切り、フォークで口へと運ぶ。
 紅茶の後のケーキはいつもよりも甘さが増したように感じて、思わず頬が緩む。
 その後の紅茶も、口内に残ったケーキの甘さで先程とはまた違った味わいが楽しめた。
 深く息を吐くと、口から温かな香気が白く色づく。
 プレーヤーから流れる音楽ももうすぐ終盤。
 紅茶も残りわずか。
 すべてが切れたら、午後の仕事に移るとしよう。
 そう密かに思いながら、残りの時間を満喫していく。
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短編 サウナという場所へ
 木製の扉を引くと、部屋の外に居るにも関わらず室内の熱気が、まるで巨大な弾丸のように火照った身体へとぶつかってきた。
 思わず後ずさりしそうになるのをこらえて、身体を室内へとねじ込む。
 扉を閉まると一瞬にして室内は熱気がこもり、息苦しさを覚える。
 全身の汗腺から汗が噴き出てくる感覚がわかり、むず痒さに顔をしかめた。
 身につけているタオルも、心なしか重く感じる。
 かと思いつつも、いつまでも突っ立っているわけにもいかない。
 壁際の段になっているスペースに腰を降ろす。
 先客はおらず、ほんのわずかな安心感が胸に広がった。
 中にはここでのコミュニケーションを楽しみにしているという人もいるが、自分の場合一人静かに楽しみたいのだ。
 直接座ると火傷しそうな木のベンチも、タオルを敷いてあるのでその心配はなさそうだ。
 適度に足を開き、若干前傾になりながら深く呼吸をする。
 部屋の外よりも若干湿度が高い空気。
 それを吸っているだけで体力が奪われていくようで、何かのトレーニングをしているかのような心地でもあった。
 自然と呼吸が荒くなる。
 じりじりと熱気が体表から体内へと侵入してくるのがわかる。
 まるで蒸し焼き状態だ。
 長時間入っていると、頭の中がぼぉっとしてきて、身体が危険信号を発してくる。
 さすがに入浴後に入ったのは危険だったのかもしれない。
 時間にしておよそ十分くらいだろうか。
 くらくらする頭のまま、ゆっくりと立ち上がり、扉へと向かう。
 意識を集中させて、転倒しないよう気を配る。
 ドアに手を当て、そのまま押しあける。
 外の涼やかな空気が全身を包みこみ、身体がクールダウンしていくのがわかった。
 あれだけぼんやりとしていた意識も、次第にスッキリとしていき、自分が生きているのだという実感さえ覚える。
 しかし、体力がかなり消耗しているのも事実だった。
 早く上がって水分を取ろう。
 そう心に誓い、この場を離れる。
 まずはシャワーで汗を流して、そして脱衣所へ。
 濡れて滑り易くなった床の上をゆっくりと歩んでいくのだった。
短編 犯人を追え
 奴の影を追って飛び込んだ一室。
 しかし、そこに奴の姿はなかった。
 そこに存在しているのはがらんとした空き部屋。
 机やイス、観葉植物、段ボールに使い道の無い変な置物。
 利用している部屋ならその内何かしらありそうなものだが、それすらないということは、この部屋は単なる空き部屋だという認識で間違いは無いだろう。
 電灯のスイッチは部屋の入口から手を伸ばせば届きそうだが、その隙を狙われてはかなわないので、ひとまず部屋の隅々へ視線を巡らせる。
 特に奥の方は、厚手のカーテンで窓を封じてあるせいもあって目を凝らさなくてはうっかり見落としをしてしまいそうな程だ。
 だが、いくら見回してもそこに奴の姿は無い。
 せっかく追い詰めたというのに、一体どこに消えたというのだろうか。
 もしかしたら、あの厚いカーテンの向こうへと既に逃げ去ってしまったのかもしれない。
 ひとまず、部屋の明りをつけるべく、スイッチへと手を伸ばし、ボタンを切り替える。
 しかし、パチンと音がしただけで部屋の様子はまるで変わらなかった。
 蛍光灯が切れているのだろうか?
 そんな思いから何気なしに天井を見上げるべく、顔を上向ける。
 だが、その瞬間になって何者かの気配――殺気を感じてとっさに右足で床を蹴った。
 突然の出来事だったこともあり、着地こそ綺麗に決まらなかったが、痛みを堪えて自分の居た場所へと急いで目をやる。
「――チッ、外したか」
 そこには舌打ちをしながら、床へとナイフを突き立てている奴の姿があった。
 いつの間にか緩んでいた気持ちがみるみると引き締まっていくのが自分でもわかった。
 隙を見せず、常に気を張ったままゆっくりと立ち上がる。
 もちろん、視線は奴に釘付けにして。
 奴は刃物の様に鋭い目つきでこちらを一瞥すると、顔をしかめて付き立てたナイフを一気に引き抜く。
 床に残った傷跡が、通路から漏れた明りに照らし出され、痛々しくその存在を主張していた。
 それから数秒の間。
 互いに何も語らず、ただ見つめ合うだけの時間。
 まるで時間が止まったかのような感覚がそこにはあった。
 そして、どちらかが先に動いたら、そこで全てが終わってしまうような、妙な感覚が体の中に沸き立っていた。
 だが、世の中というのは絶えず流れ動き、自身の思いなど軽く流し去るモノ。
 先に動いたのは奴の方だった。
 とはいっても、ここで一戦交えるというわけではない。
 奴はスッと立ち上がると、そのまま部屋の外へと駆け出していった。
 思えば確かにそうだ。
 奴からすれば無理に戦う必要性は無い。
 むしろ応援の危険性を考えれば逃げた方がリスクは低いのだから。
 半信半疑ながら納得するが、そこでハッと立ち上がる。
 そう、自分の目的は奴を追い、捕まえる事。
 何で目的を見失っていたのだろう。
 慌てて立ち上がり、部屋から飛び出る。
 しかし、そこに奴の姿は無かった。
 歯を食いしばり、拳を太腿へと叩きつける。
 せっかく追い詰めたのに、逃げられた。
 その後悔を噛みしめながら、次こそは捕まえると胸の内に強く刻み、再び廊下を駆けていくのだった。
短編 酒に溺れて夢を見る
 夜更けの歓楽街。
 周囲には酒で顔を真っ赤にしている四十~五十くらいと思われるスーツ姿の男性たちがおぼつかない足取りで次にハシゴする店を探して彷徨い歩いている。
 そんな彼らを呼び込もうと若い男性が呼び込みをかける声が響き、相も変わらず賑やかな空気が漂っていた。
 そんな周りの様子を眺めながら、ついさっき買ったばかりの缶ビールを一口煽る。
 冷たい口当たりと、炭酸の刺激、そして特有のほろ苦さと香りが口から鼻へと抜けていき、思わず嘆息を漏らす。
 声が出てしまうのはオヤジ臭いだなんて昔は思っていたが、世知辛い生活の中で唯一の癒しを与えてくれるこの瞬間ばかりは、極上の一杯のように思えてくるのだから、致し方ない。
 もっとも、これを夜景のきれいなマンションの高層階から、ワンランク上のビールを手に、ソファに寄りかかりながら口にするというのが最高なのだろうが、それは夢のまた夢だ。
 現実に目を向ければ、コンビニの壁によりかかりながら缶ビールを手に何かをつぶやいている、しがない会社員しかそこにはいない。
 せっかくのスーツもすっかりシワがついてしまっていたが、そんなことには注意が向かず、ただ一時の悦楽にばかり気をやっていた。
 背後から差し込んでくるコンビニの明りが目の前に自身の影を写しだす。
 すっかり小さくなった自分の分身。
 それを目の当たりにした瞬間、言い様の無い切なさがこみ上げて来て、反射的に星空を見上げた。
 人工灯の溢れるこの場所では、星など数えるほどしか見つける事が出来なかったが、それでも気を紛らわすには十分だった。
 若干うるんだ瞳では、目に飛び込んでくる淡い光が、星の瞬きなのか、それともビルの明りなのかも判断がつかない。
 それでも、感傷的になった心を落ち着けるには今の所こんなことしか思いつかなかった。
 徐々に人気が少なくなっていく歓楽街。
 さっきまでは会社員らしき人々が多く見られていた光景が、今では夜の世界に生きる男性や女性の姿に移ろいつつあった。
 まるで、自分だけが取り残されてしまいそうな、そんな焦燥感が胸に湧き起る。
 それを振り払うように、もう一杯、ビールを口に運ぶ。
 だが、炭酸もアルコールも、それほど強く感じられなかった。
 口から漏れる、酒臭い息。
 このまま目を閉じて夢の世界に行ってみるのも悪くは無い。
 そんな思いを胸の内に掲げながら、自然と身体から力が抜けていくのを感じていた。
短編 肌で感じる事
 作業場に出ると、むせ返るような熱気が私の頬を張った。
 工具やら鋼材やらが辺りに散らかっている様を想像していた自分にとって、整然とした作業場は逆に新鮮で驚きも大きい。
 気が付けば、思った事が口をついて出ていた。
「結構散らかっていると思ってたんですけど、案外綺麗なものなんですね」
「まぁね。俺たちにとっちゃ大切な商売道具だからね。ぞんざいに扱ったりなんてできないよ」
 視界の外――私のちょうど斜め後ろ方向から伸びてきた声に思わず振り返る。
 そこには今回取材をさせてもらう職人の男性が目を細めて笑っている姿があった。
「そうなんですか。やっぱり、イメージと現実って違うものなんですね」
 手元のメモ帳にペンを素早く走らせると、改めて作業場の中を見回す。
 一番に目が向かうのは、部屋の中央から少し外れた位置に置かれている作業台。
 奥の壁にはこれからの作業日程らしき張り紙が見え、その隣にはぽっかり開いた窓が外の光を差し入れてくれている。
 次に目が向かうのはやはり、小さな溶鉱炉だ。
 部屋の中心から見て作業台とは反対側に位置しており、そこでは弟子らしき人が火の加減を調整していた。
 距離は離れているが、それでも彼の肌を伝う汗の量が尋常ではないことが容易にわかる。
 溶鉱炉の脇へ注意を向けると、恐らく鉄を叩く為の小さな台が置かれているのが見えた。
「あっ、すいません。どうぞ作業をお願いします」
 職人が私の様子を見ている事に気付き、慌てて促す。
 作業場だけでもメモすることはいっぱいあるが、最優先すべき事項は職人の業だ。
 私の声に小さく頭を下げると、職人は私の脇を抜けて部屋の隅にある作業用具を手に取った。
 その際、かすかに見えた職人の表情は先程私に向けた柔らかな物ではなく、全く別人のような険しいものだった。
 職人は弟子と二、三言葉を交わすと、溶鉱炉前に腰を降ろす。
 その間、弟子は小走りで鋼材を手に戻ってくる。
 弟子から鋼材を受け取ると、職人は一旦目を閉じ、呼吸を整える。
 そして、火の様子を再度確認する。
 赤々と燃える炎。
 一切表情を変えることなく、タイミングを見計らう。
 そして、とある瞬間になって職人の腕が素早く動いた。
 鋼材が炉の中に入ると、熱が伝わるにつれて周囲の色と同化していく。
 赤白いとでもいうのだろうか、日常ではあまり見かけない色合いに、思わず息を飲む。
 また、太陽にも負けずとも劣らない光と熱の量に、目を細めていなければ瞳まで焼きついてしまいそうだった。
「――どけっ」
 知らず知らずのうちに近づきすぎていたのだろう、職人の声に弾き飛ばされる。
 瞬間、職人は台の上に熱した鋼材を置くと、トンカチで叩き始めた。
 トンカチが鋼材にぶつかる度に周囲に火花が飛び散る。
 薄着をしていたなら火の粉で火傷をしてしまう所だ。
 その迫力に私はメモを取ることすら忘れて見入っていた。
 知識だけではわからない事。
 頭ではわかっていたが、取材で初めて理解することができた気がした。
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