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短編 地下からこんにちは
 西日が差し込む実験室には、二つの人影があった。
 片や机の上で実験機材の調整をしている白衣姿の男性。
 片や、壁に寄りかかっている、制服を崩した格好の男性。
 照明の類は一切使われていないせいもあってか、窓からの光が実験室全体を照らし出し、どこかアンニュイな雰囲気を作り出していた。
 白衣の男性が作業をしている机以外は整然としていて、どこか物悲しい。
 傍目に見れば、居残り実験でもしているのではないかと勘違いしてしまいそうな程だ。
 しかし、当の本人はまったく気にする様子もなく、淡々と手元の実験ノートと器具を見比べながら、準備を進めていく。
 一方、壁に寄りかかっていた男性は、アクビのせいで漏れ出た涙を指先で軽く拭うと、視線を廊下側の扉へと向けた。
 正確には、扉の窓ガラス越しに廊下の様子を眺めていた。
 その目的は見張りに他ならない。
 実験室の明りを消しているのもそれが理由だった。
 見回りの教職員が巡回を始めるまでは時間にまだまだ余裕があるが、何かの気の迷いでこの実験室を訪れる可能性もないわけではない。
 特に、実験室の管理を任されている教師においては、その可能性は高い。
 明日行う実験の準備や、備品の手入れ、数の確認など、生徒が思いつかないような仕事が残っていて、それを行う事もありうるからだ。
 もっとも、時間帯的にも本日最後の授業が終わってから相当時間が経過しているのでその心配も皆無であろうが。
 だが、警戒はし過ぎて悪い事はない。
 通常であれば、時間を気にし過ぎてミスの一つでもしてしまいそうな所ではあるが、そこは場馴れしているのか、白衣の男性は表情一つ変えずに実験を遂行していく。
 実験の内容も、佳境に入ったのだろうか、試験管内の液体が何やら変色し、気泡を発生させていた。
「――おい」
 廊下を監視していた男性が、視線をそのままに手を挙げて合図する。
 二人の間に結んだ、誰かが近づいてきた時の手信号だった。
「大丈夫だ。もう終わった」
 白衣の男性は試験管を手に取ると、封をして実験機材からそっと抜き取り、懐へと仕舞った。
「さぁ、戻るぞ」
 そう言うが早いか、白衣の男性はおもむろにその場に両膝をついた。
 いわゆる四つん這いの格好だ。
 そこへ監視役の男性もやってくる。
 瞬間、カパッと床の一部が持ち上がる。
 よくよく注意しなければ、ただのタイルの継ぎ目と勘違いしてしまうような隠し通路がそこにあった。
 通路の入口を開くと、白衣の男性が速やかにその中へと身を投じる。
 次いで、監視役の男性も無言で続く。
 最後、思いだしたように通路の入口を塞ぐが、幸いにも廊下の向こうには気付かれてはいなかった。
 謎の侵入者の存在など、微塵も信じることなく教職員が実験室の扉を開く。
「あら? 人の気配がしたと思ったんだが……」
 スーツに眼鏡という、一見真面目そうな男性教師が首を傾げながら、実験器具を見つめる。
「……片付け忘れか? でも、勝手にいじると怒られそうだし……まぁ、いいか」
 一人そうつぶやくと、教師は頭を掻きながらまた廊下へと戻っていく。
 ただ、唯一取り残された実験機材のみが、寂しそうに夕日を眺めていた。
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短編 出張先、ホテルにて
 ホテルの窓から外の様子をうかがうと、そこには綺麗にライトアップされたタワーが真っ暗な宙の中にそびえていた。
 視線を下向けるとそこには、住宅や店舗のネオンや照明の様々な光が、まるで宝石をちりばめたかのように広がっていた。
 天然の星空も中々に美しく壮大なものだが、人工の光の海もこれはこれで美しい。
 それでいて、この光景を誰かと一緒に眺めながらディナーをできたら最高だろう。
 とは言うものの、そんな相手はまだ居ないのだが。
 手にしたペットボトルの水を口に含み、嚥下する。
 嘆息と溜息が入り混じった息に、自分自身で苦笑する。
 シャワーを浴びた後という事もあり、服装はシャツとパンツにタオルを首にかけているといういかにもな出で立ち。
 ホテルもビジネスホテルの最上階という微妙なクラス。
 風情もへったくれもありはしない。
 ただ、妄想くらいはリッチな気分に浸っても罰は当たらないだろう。
 拭いきれていなかった水滴が額から垂れる。
 そのむず痒い感触に、タオルで顔ごと拭う。
 ついでにペットボトルについた水滴も拭き取る。
 肌に触れた部分のタオルが冷たく感じ、小さく飛び上がる。
 変な声も出たような、出ていなかったような、不明確だ。
 もし、こんな所を見られたらそれこそ恥ずかしさで穴を掘って隠れてしまいたい程だ。
 慌てて周囲を見回すが、もちろんそこには誰も居ない。
 安堵と同時に一人だという実感が胸の中に確たるものとして広がっていく。
 突如として訪れた静寂の空間。
 耳を澄ませてもかろうじて聞こえるのは窓の外から迷い込んだ小さな音たち。
 ――どうして自分はこんな感傷的な気分に浸っているのだろう。
 思った瞬間、速やかにカーテンを閉じ、外界との接触を絶ち、背を向けた。
 急いでテレビのリモコンを手に取り電源を入れる。
 ベッドに腰を降ろしてペットボトルのふたを閉める。
 賑やかになった室内。
 昼間の疲労が今になってどっと訪れてくる。
 それに抗う事無く、身体を倒し天井をぼんやりと見つめる。
 そこにあったのは暖色系の照明。
 何も考えたくない――その思いを最後に、そっと量目をつむる。
 そして明日、また起きたら仕事の忙しさに身をゆだねることができるから。
短編 耳を閉じて
 パソコンを立ち上げると同時に、耳へイヤホンを取り付ける。
 それは、いち早く音楽を聞きたいだとか、そういう理由ではない。
 ただ、耳に何か入れていると周囲の音が少しでも遮断されそうな、そんな気がしたからだ。
 少し格好をつけた言い方をすれば、日常からの隔絶とか、そんなところだろう。
 とにかく、この世の音は、声は、できるだけ聞きたくはなかった。
 パソコンが立ち上がり、大音量の起動音が鼓膜を震わせる。
 よく、他人からそれでは耳を悪くすると注意をされる。
 しかし、それでも構わなかった。
 自分の周りにある人の声、物音が不快で仕方なかったからだ。
 愚痴や他人の悪口、不幸の報せに事故、事件。
 耳にすればするほど、自分の心は傷つけられ、蝕まれていく。
 正直、もうギリギリのところまできていた。
 これ以上心を壊されたら、自分が自分で無くなってしまうような、そんな気がしたのだ。
 だから、声が届かない場所へ逃げようとした。
 でも、できなかった。
 最後の手段が、殻を作って籠ることだった。
 声が聞こえなければ、不快な思いをすることはない。
 まるで子供じみた、稚拙な考えだった。
 呼びかけの声も聞こえないくらいの大音量の音楽を流しながら、作業を続ける。
 時々そのせいで怒られもしたが、気にもならなかった。
 誰のせいでこうなったと思っているのか。
 その思いがあまりにも強すぎたのだ。
 周囲との隔離、隔絶。
 人間社会において、蒸発に近いその行為は、どう考えても悪い方向にしか進んでいないように映るだろう。
 事実、その通りかもしれない。
 ただし、そのお陰で生き延びている自分がいるのも確かな事実なのだ。
 自分を消して、壊れてもなお周囲の為だけに生きて、後悔だけを抱いて、誰にも理解されず死んでいく。
 そんな人間になりたいと思うのならともかく、自分は到底そんな事は考えられなかった。
 ほんの少しでよかった。
 耳を傾けられる程度の、優しい言葉が欲しかった。
 明るい報せが聞きたかった。
 現実と利害だけの世界には、もう希望が見られなかった。
 だから、自分はまた音楽のボリュームを上げる。
 優しく、柔らかなはずの音色が、暴力的に耳と心を揺さぶり続ける。
短編 誰が為に
 その時は刻々と迫っていた。
 覚悟はできていたはずなのに、不思議と身体が強張っていく。
 指先が震え、必死に堪えなければ膝までがくがくと震えが伝わってしまいそうだった。
 心拍数が早まる。
 手に力が入らない。
 口の中が異常に渇いていく。
 悲しくもないのに目からは涙が零れそうだった。
 もしかして、本能が嫌だと抵抗しているのだろうか。
 だが、皆の手前逃げ出すわけにもいかない。
 ここで逃げたら、自分どころか皆までもが危険な目に遭ってしまうのだ。
 ――その為なら、自分一人の命など安いものだ。
 目を閉じて、自分に何度も言い聞かせる。
 そして息を止め、余計な考えを頭から追い出そうと試みる。
 しかし、どんなにもがき、あがいても、身体からそれらの症状が消え去ることはなかった。
 それどころか、本当は死にたくないのではないだろうかという思いが、一層強く心の中で主張し始めていた。
 時間が無いというのに、もう終わりはすぐそこまで迫って来ているというのに、最後の決心がついていない自分。
 これでは先人達に顔向けできない。
 守れるものも、守れないのではないだろうか。
 人は、誰かを守る為になら、通常以上の力を出せるという話を昔聞いた事がある。
 だけどそれは、自分が生き残る可能性を残した上で戦えるからなのかもしれない。
 その先に確実に自分の生の終わりが待っている場合、本当に心から守ろうと思い、向きあえるのだろうか。
 そこまで考えた所で、不意に目から涙が流れた。
 ここまで来たら、もう誤魔化す事なんて不可能だった。
 そうだ、自分は死にたくない。
 もっと平凡でいい、つまらなくてもいい、自分が悔いが無いように生きてから、その最期を迎えたかったのだ。
 自分の気持ちを認めた途端、涙がとめどなく溢れ、そして足元へと落ちていく。
 どうして自分はこの世に未練なんて残しているのだろう。
 どうしてこの世界に絶望していないのだろう。
 自分の生きる価値など投げ捨てていれば、こんなに苦しむ事もなかったのに。
 苦しい。
 つらい。
 逃げたい。
 色んな思いで心が張り裂けそうだった。
 だが、現実は非常にも時を刻み続けていた。
 心の準備もろくにできないまま、その時がやってくる。
 瞬間、自分は今までの生涯で一度も発した事の無いような声で叫んでいた。
 泣き声なのか、怒号なのか、ただの大声なのか、発している自分ですらわからなかった。
 そして、自分の意識が途切れ、命が吹き消される瞬間――小さな安息が全身を包みこんでいた。
短編 往復
 冷たい空気を感じて、歩んでいた足をふと止める。
 見上げれば、空は厚い雲で覆われていて、今にも雨が降り出しそうだった。
 右手にはコンビニのビニール袋。
 中には帰ったら食べようと思っていたスイーツやお菓子が入っている。
 ついさっきまでは日も照っていて温かだったのに、急に別世界へ足を踏み入れてしまったかのような感覚だった。
 普段であれば、何事もなかったかのように再び歩きだし、家路を急ぐところだ。
 だが、今回ばかりは不思議と足が動かなかった。
 すぐ脇の車道を車が猛スピードで走り抜けていく。
 押しやられた空気がビニール袋をクシャリと鳴らす。
 不意に訪れた、気持ちの抜け穴。
 家とコンビニの往復。
 その行為に無性な寂しさといじらしさを覚えてしまい、自分の存在が希薄な物に思えてしまう。
 今ここで自分が消え去ってしまっても、世の中には何の変化も起こらない。
 それは恐らく事実だろうし、変え難い事実だ。
 そう思った途端、急に陰鬱とした気持ちが心に芽生え、体中から力が抜けていく。
 感覚が鈍っていくのが自分でもわかった。
 注意が散漫になり、思考ばかりが同じ場所をぐるぐると回り続けている。
 自嘲することすらできず、ただ朽ち果てた能面のような顔で立ちつくすのみ。
 なんて世界は無情なのだろう。
 枯れた涙は流れる事は無かったが、それでもこのどこまでも深い穴から這い出るには、相当な時間がかかりそうだった。
 手にした袋の中味もきっと冷めきっていることだろう。
 それがわかっていても、動く気にはなれなかった。
 もし動いてしまえば、また時間が進んでしまう。
 夜が来て、朝が来て、また夜が来る。
 同じことの繰り返し。
 毎日が続くことで、自分に課される重りがより強大な物へと変化していく。
 そんな気がしてならないからだ。
 しかし、自然は、この世界はそんな脆弱な存在の抵抗など軽くあしらう。
 背後から吹いた突風でバランスを崩した私は、ついに一歩を踏み出す。
 止まっていた時間が動きだす。
 残ったのは、心に大きく開いた傷と、暗い闇だけだった。
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