IPPI STYLE
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短編 目に見えない抑圧
 最近のテレビはつまらなくなったという話をよく耳にする。
 今はもうネットの方が面白いだとか、そういう意見も少なからず出てきている。
 実際のところはどうなのだろうか。
 仕事終わりの疲労を全身に感じながら、ソファに腰掛ける。
 テーブルの上にあったリモコンを手に取り、テレビの電源を入れるとぼんやりとディスプレイに光が宿り映像が徐々に映し出されていくのがわかった。
 放映されているのは、最近話題のバラエティ番組。
 著名な芸能人が、ゲストを呼んであたりさわりないトークを繰り広げていく姿は、別段面白いとは思わないが、つまらないというわけでもない。
 番組表をチェックしてみるが、クイズ番組やら音楽番組やらに混じって一般人を取り上げた番組がやたらと多い。
 もはや、芸能人という肩書のただのコメンテーターだ。
 一通り番組表を流し読みしたところで、とあることに気づく。
 ――純粋なお笑い番組が存在していないのだ。
 お笑い芸人が自らの持ちネタを披露したり、企画をしたりする番組。
 数年前にはお笑いブームもあってどの局を見てもコントやら漫才やらが見られたものだ。
 だが、ブームの終了に伴い、クイズや雑学番組のブームが訪れた。
 ブームとはいずれ消え去る運命。
 クイズ番組も消失こそしてはいないが、窓際へと追い込まれつつある。
 そして今現在流行してきているのが、一般人を取り上げた番組だ。
 一般人や技術者、企業を題材としたドキュメンタリー風バラエティがブームになりつつある。
 愛国心を高めるためなのだろうかと邪推してしまうが、真偽は不明だ。
 ただ、確かなのは番組自体がとてもきれいであるということ。
 皆がルールを守り、その中で発言をする。
 そこでなんとなく理解できたような気がした。
 ――反社会性のある番組が存在しないのだ。
 一昔前は、一部のバラエティ番組では反社会性を持った芸人がトラブルを起こしては笑いをとっていた。
 しかしながら、そこに視聴者は共感やら反骨性を抱くことができていたのだ。
 その原因は考えるまでもなかった。
 いや、考えることすら苛立ちにつながるので、頭を振って消し去る。
 規制ばかりの世の中。
 自分たちの気づかないところで、いつの間にか抑圧されていることもある。
 それに気づけただけでも大きな収穫だろう。
 自分を無理やり納得させて、アルコールを一気に煽る。
 アルコール独特の後味が、今だけはとても苦く感じた。
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短編 ある夏の夜の恐怖談
 夜中にふと目を覚まし、体を起こす。
 朝はまだ遠いらしく、窓の外にはまだ暗闇がはびこっていた。
 しかしながら、それでも室内の様子がぼんやりと見て取れるのは、暗闇の合間から差し込んでくる外灯の光のせいだろう。
 自然と目が覚めたこともあって、思考は驚くほどすっきりとしていた。
 身体もなんだか軽く、二度寝をしようという気持ちも起きない。
 とりあえずベッドから降りよう――そう思って体を動かした時に、異変を感じた。
 ついさっきまで意識をしていなかったが、シーツの質感をまるで感じられなかったのだ。
 シーツだけではない。
 手足や頭が動いているという実感がまるで得られなかったのだ。
 一体何があったのだろうかと視線を手元へ下ろす。
 瞬間、驚きのあまり思わず声を上げた。
 ――否。
 声を上げようとしただけで、実際に声は上がらなかった。
 そこで今更になって、自分の耳に音声がまるで聞こえていなかったことに気づく。
 驚きの連続で頭が混乱していた。
 しかし、それも少しの時間を経て、落ち着きを取り戻す。
 声を上げてしまうほどの驚き。
 その原因は自分の体がすきとおって見えたからだった。
 見間違いか気のせいかとも思ったが、そうではないことは自分の腕越しに見る、自分の腕の存在で認めざるを得なかった。
 そう、自分がもう一人いたのだ。
 もう一人の自分は自分の下で今もまだ夢の中だ。
 だとしたら、今こうして半身を起している自分は誰なのだろう。
 考えられるのは幽体離脱や、その類の現象くらいだった。
 幽体離脱だったら、また元の体に戻ればいい。
 ただそれだけのはずだった。
 だが、そこで一つの疑問が生じる。
 ――どうやって元の体に戻るのだろうか?
 何らかの方法に基づいて幽体離脱を起こしたわけではない。
 偶然の産物に対して、手法などあるわけもない。
 俗説では再び眠りにつけば元に戻れるといわれているが、現状では眠気など皆無で、むしろこれからどうなるのだろうかという不安で目がさえてきている。
 とりあえず、同じ体勢になって目を閉じよう。
 それで無理ならそれから考えればいい。
 不安で胸のあたりが苦しく感じていたが、それをなんとか押し殺してベッドに横になる。
 ゆっくりと瞼を下ろして天に祈るのだ。
 どうか、次に起きるときは、いつも通りの朝で、いつも通りの目覚めが訪れるようにと。
短編 ゴール
 数日に渡るレースもついに佳境を迎え、残すは市街地に設けられたゴールラインを割るばかりとなった。
 愛用の車は強い日差しや雨風にさらされたこともあって、心なしか疲れ果てたような印象を受ける。
 そんな相棒をいたわる様にハンドルを握り、しかし最後まで動き続けてくれるよう活を入れるがごとくアクセルを踏み込む。
 ここまでの道のりは、正直過酷だった。
 途中で脱落していく競争相手も山ほど見てきた。
 タイヤがパンクして、予備のタイヤが不足してしまって苦汁をなめた者。
 バッテリーが干上がり、炎天下の中立ち往生してしまった者。
 長時間の運転により、運転手自体が体調を崩してしまった者。
 今思えば、完走するためには半分近く運が絡んでいたのではないかと感じる。
 自分自身も、稀にみる幸運に助けられたといっても過言ではない。
 天気の変化もそうであるし、先頭を走っていた車が故障したのもそうだ。
 さまざまな要因が絡み合っているのは間違いないが、やはり完走できるかは経験と運がすべてだといっても差支えないだろう。
 市街地に入ると、観衆たちのすがたがあちこちに見えてきた。
 手を振ったり、歓声を上げたり。
 自分を祝福してくれているのだとわかり、感極まってくる。
 まだゴールをしていないというのに、胸が高鳴り、視界が涙でぼんやりとしてくる。
 服の袖でとっさに目元をぬぐい、感情を制御しようとする。
 まだ、ゴールをしていない。
 泣くのは完走をしてからだ。
 ゴール寸前でスリップして走行不能になった選手も過去にはいるのだ。
 最後まで油断をしてはいけない。
 ちらりとバックミラーで後続車を確認する。
 視界に入る限り、そういった車は無いようだった。
 順位を競うのであればかなりうれしいことだ。
 だが、完走することすら難しいこのレースにおいては、同士がいないというのはそこはかとなく不安を覚える。
 他人の心配などしている場合ではない。
 そう自分を奮い立て、前へと意識を集中する。
 緩やかなカーブが続く。
 その先に、ゴールラインがあるはずだ。
 気持ちが高鳴る。
 観衆がどんどん増え、マスコミらしきカメラやフラッシュも多数みられる。
 ここがゴールなのだという実感が胸に広がっていく。
 そして、そのままゴールラインを通過する。
 ブレーキを踏み、脇へと車を避ける。
 体中にどっと疲労感があふれてくる。
 けれども、それは決して不快ではなかった。
 目を閉じて、深く息を吐く。
 そのまま、じっくりと勝利と完走の余韻を味わうのだった。
短編 最前線
 曇天の空から降り注ぐのは、冷たい雨粒だけだった。
 水道もろくに設営さえていない環境では、あちこちに水たまりができ、低地に向けて雨水が流れていく。
 雨が冷たいせいか、それとも自分の体力が落ちているせいかはわからないが、降り続く雨が体に強く打ち付けてきて、痛みさえ覚えてくる。
 それでも、爆弾やら銃弾が降ってくるのに比べれば天と地ほどの差がある。
 やはり、天気という要素は、戦況に大きな変化をもたらすものだ。
 厚い雲や強風、更には大雨の中では、爆撃機を飛ばすにはリスクが高すぎる。
 全滅まであと少しという所まできていたが、引き返さねばならない現状を前にして、相手の指揮官はきっと舌打ちをしていることだろう。
 もっとも、一方的に攻撃を受けていたこちらからすれば、寸前のところで助かったという認識の方が強いのだが――。
 しかし、何はともあれこの地区を落とされなかったのは大きかった。
 応援が来てくれれば、もう少し持ちこたえられる。
 侵攻してくるにはいささか不利な地形。
 相手からすれば上空からの爆撃以外に有効な手段はなかった。
 その証拠に相手の歩兵や車両の姿はまるで見られない。
 たとえどこかに潜んでいたとしても、流れゆく雨水が足元を不安定に作り変えている。
 環境だけみれば、圧倒的にこちら側が有利なのだ。
 それだけが自分たちの士気を維持し続ける手段にもなっていた。
 倒れている同士。
 雨水に洗われ、赤黒く染まっていた肌が青白く染まっていく。
 その様が、まるで雨に命を吸われていくように見えて目頭が熱くなった。
 体表の温度が下がっているせいだろうか、涙が熱くて仕方がない。
 身体が硬くなっていくような、不思議な感覚だった。
 何とかして体を動かさなくては――そんなことを思いながらも、余計な体力をここで使うわけにはいかない。
 絶えず精神力を削り続けてきた数時間。
 思った以上に体力も消耗していたらしい。
 上空を見上げれば、雨雲は少しずつではあるが薄くなっているのがわかる。
 雨も先ほどよりは弱まっているように思えた。
 しかし、相変わらず応援はこない。
 あと数時間もすれば到着するだろうが、通信で確認するわけにもいかない。
 傍受されたらそれこそ危険だ。
 雲が流れていく。
 風はまだ強い。
 時間はまだ稼げるはずだ。
 雲の切れ目が明るく輝く。
 数少ない仲間と目と目で合図する。
 あと少し……あと少しだけでいい、持ちこたえるのだ。
 その思いを合言葉に、今後訪れるであろう敵の侵攻に備えるのだった。
短編 記録
 人の身体は水に浮くようにできているといわれているらしい。
 だが、それは肺に空気が入っていればという前提条件があってこそらしい。
 その事実を思い知ったのは、皮肉にも体内が水で満たされようかという寸前のところでだった。
 最初に合ったのは苦しいという感覚。
 息を止めていたのだから当然といえば当然なのだが、呼吸をしようと口を開いたとしても入ってくるのは海水のみ。
 人間にはエラがないので、水中の酸素を受け取ることは適わない。
 咥内へと容赦なく飛び込んできた海水から感じ得たのは、塩辛さからくる鼻奥の鈍痛。
 しかしながら、それはほんの一瞬だけの出来事。
 それ以上の感覚は、まるで本能が危機を感じてかシャットアウトしてしまったかのように何も感じなかった。
 無論、そうでなければ今頃はパニックと無呼吸の恐怖で精神は脆くも破断していたことだろう。
 酸素不足からくる思考の欠如。
 それは間違いなく起こっているのだろう。
 だが、今はそれよりも眼前に広がっている光景を受け入れる方が幸せなことのように思えた。
 遠のいていく光。
 水面が太陽の光を反射している様は、見ていて不思議と飽きなかった。
 きっと、波の具合によって絶えず見える光景が変化しているせいだろう。
 いつもの自分であれば、それを退屈だといって目をそむけているところだが、今の自分は違った。
 まるで自分を安眠させてくれる、穏やかな光のように思えていた。
 一面に見えていた光の園。
 しかしそれは自らの深度が増すごとにどんどん小さくなっていく。
 体が沈んでいく。
 指一本動かす気力はない。
 催眠術にでもかかったかのような、ふわふわして心地よくて、どことなくぼぉっとしている感じ。
 ここで目を閉じたら楽になれる。
 誰に言われたわけでもないが、それは真実なのだとわかった。
 周囲がどんどん深い青色に染まっていく。
 光が奪われていく。
 感覚が溶けていく。
 目を閉じる。
 …………自分の意識は、水底にたどり着く前に、すぅっと水面へと昇って行った。
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