IPPI STYLE
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短編 約束だったけど
 森を抜けると、そこには青が広がっていた。
 わかりやすく言うなら、濃紺の海と淡青の空だ。
 足元に道はない。
 端的にいえば、ここは崖だった。
 転落防止用の柵もなければ、注意を促す看板もない。
 それは、本当に誰も近づかないような場所だからだろう。
 道らしい道もない森の中を抜け出てきたのだ、遭難でもして歩き続けでもしない限りはたどり着くこともない。
 そんな寂れた場所へどうしてやってきたのか、その答えは、足元に立つ小さな墓標にあった。
 石造りの立派なものではなく、二本の木の枝を十字架に見立てた、簡易的なものだ。
 それを見ているだけで、目頭が熱くなってくるのがわかる。
 しかし、すぐに目元を指で押さえ、余計な感情を振り払う。
 今は泣くべき時ではない。
 わかっているはずなのに、ここまでやってきた到達感のせいか、それとも長い時を経て感傷的な性格に変わってしまったのか、これまでにないくらいの気持ちの高ぶりを感じることができる。
 朽ちかけた墓標の前にかがむと、合掌して目をつむる。
 故人との思い出が、まるで昨日のことのように蘇ってきて、手が震えた。
 思い出の内容は、怒鳴られたり叩かれたりというものが多かったが、そんな中時折見せてくれた優しい顔も印象的だった。
 今でもその表情はハッキリと覚えている。
 ――いや、覚えているはずだ。
 時の流れは残酷なもので、忘れたくないものほど忘れさせようとしてくる。
 それも、自分の気づかないうちにだ。
 震える心。
 落ち着かない内情。
 ここで暴れても何にもならないというのに。
 気づけば涙を両目に浮かべていた。
 ダイナマイトみたいに、ちょっとした刺激で爆発してしまいそうだった。
 だからこそ、最期の場所にこの地を選んだのかもしれない。
 最後まで自分のことを気にかけて、そしてよくわかってくれている人だ。
 だからこそ、そんな人の為にこそ、涙はこぼしたくはなかった。
 まだまだ子供――こんな姿を見せたら笑われてしまうに決まっている。
 それこそ、子供の強がりにも似た何かに近いのかもしれない。
 だけど、それが自分なりのケジメだった。
 ……だけど……だけど……やっぱり、無理だ。
 せめてもの抗いで、十字架へと背中を向ける。
 顔は天を仰ぐ。
 喉が開く感覚。
 次の瞬間、自分は人生で何度出すかもわからないような、力の限りの叫びを上げていた。
 一面に広がる、雲一つない青空で、この場所にだけ雨が降っていた。
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短編 自我
 身体が重い。
 それがぼぉっとした思考の中で唯一絞り出された感想だった。
 自分が横たわっているのがベッドなのだということは、背中に覚えた感触からわかる。
 ただ、それが自分自身で移動したものなのか、誰かに連れてこられたものなのか、ハッキリとした記憶はなく、ここがどこなのかさえわからない。
 数少ない視界の情報と、もやがかかったような思考回路で理解できることと言えば、少なくともここが屋外ではないということくらいだ。
 普段の私であれば、寝起きはそれほど悪くはない。
 意識が戻ったと同時に起き上り、朝食の支度をするくらいは余裕だったはずだ。
 それが、今は不思議と身体が動かない。
 頭もまるで働かない。
 見えない何者かに、頭の中から全身に至るあらゆるところを拘束されているような感覚だった。
 動かしたくても動かない――通常であれば、この上ないストレスを感じる状態。
 だが、それを不快に感じなかったのは、頭の中が完全に思考を放棄していた状態に陥っていたせいだ。
 何かをしようとしても、すぐにもういいやと思考を停止して初期の状態に戻ろうとする。
 身体自身が、眠っている状態を一番に心地よい状態だと言っているかのようだった。
 特に面白みもない天井が目の前に広がる。
 一体誰が、私をこんな目に遭わせたのだろうか。
 いつになったら私は普段通りの生活に戻れるのだろうか。
 私はいつまでの間、こうしていなければならないのだろうか。
 ……そんなことより、早く眠りにつこう。
 自問自答をしては、すべてを夢の世界へ投げ入れる。
 それの繰り返し。
 ここが現実なのか虚構なのか、夢なのか妄想なのか、幻なのかリアルなのか。
 まるでわからない。
 もしかしたら、自分自身という存在が本当に存在しているかもあやふやに思えてくる。
 自分は何者なのだろうか。
 人間だと思っているだけで、自分はただの無機物であったりするのだろうか。
 それとも植物か、はたまた魚か動物か。
 いずれにしろ、それを確認できるものが存在しない今、すべてが妄想の中にある。
 部屋は明るいということはわかる。
 でも、それが日の光によるものなのか、人工の照明によるものなのかは確認できない。
 昼かよるかもわからない部屋。
 自分が誰かもわからない。
 動くこともまともにできない。
 それなのに……すぐに頭が休息を求めてくる。
 どうでもいい。
 眠っていられる今という瞬間が、とても心地よいから目を閉じよと囁いてくる。
 ……そう、もう、数秒後にはどうでもよいことになっているのだ。
 だから、考えるのをやめよう。
 今を、今だけを感じていれば、それでいいのだから。
短編 水撒き
 陽光が路面全体を温かく照らし出す平日の午後。
 スーツ姿の男性や買い物に出てきた主婦に混じって、制服姿の高校生たちがちらほらと見られたが、学校には行かなくてもよいのだろうか。
 そんな他愛ない心配事をしてしまうのは、まだ自分に学生時代の記憶が色濃く残っているせいかもしれない。
 長いこと社会人を続けていると、そんな感覚すらも色あせて気にならなくなってしまうこともあるという。
 それが本当かどうかは、いざその時になってみないとわからないが、きっとそうなるのだろう。
 とにかく、今は自分の仕事をただ続けるだけだ。
 店の前を人が通っていないことを確認して、バケツに汲んでいた水を柄杓で撒く。
 鉄板のように加熱されたアスファルトの道路は、撒いた水もすぐさま蒸発させてしまうが、見ているだけでそれが楽しかったりもする。
 ただ、唯一注意すべき点は人に水を掛けたりしないようにということだった。
 そもそも、水を撒くというだけならホースを使ったりバケツで一気にというのもアリだと思うのだが、それではダメということらしい。
 店長が言うには、一気に水を撒きすぎると滑って転ぶ輩が出てくるだとか。
 そんなことで店を訴えるだとか言い出すっていう話なのだから、案外世の中ってのは物騒らしい。
 ――まぁ、たかがバイトが気にすることでもないか。
 それにバイトは時間で給料が決まるので、こういう楽なことを任されるのは、気持ち的にも結構気楽だったりする。
 もっとも、忙しくなったら自分も強制的に回されるので、その落差が結構きつかったりするのだが。
 昼時のピークは外してはいるが、それでも昼下がりの小さな繁忙期というのがやってくるので、油断はできない。
 そういう事だから、給料もそれなりになっているのだが。
 水撒きをしている脇で、白っぽい服を着たセレブっぽい女性の二人組が店の入口へと向かっていくのが目についた。
「――いらっしゃいませ」
 形式的とはいえ、あいさつというのは慣れない。
 自分の性格があまり社交的ではないというのが一番の理由だが、これも仕事だから嫌だとはいっていられない。
 仕事に慣れてくれば、また変わってくるのだろうが、今はまだ新人バイト。
 できるだけ無駄がないように、そして怒られないように仕事をこなすのがこれからの自分のスタイルだ。
 バケツの中の水も、残りわずか。
 これが無くなれば自然と店内の手伝いに加わることになる。
 それまでの間、少しばかりの気楽な仕事を堪能するのだった。
短編 神様がやってくる
 すっかり静まり返る神社の境内。
 暗闇が世界の大半を包み込み、足音ひとつさえも溶け込んでしまいそうな不気味な雰囲気がそこに漂っていた。
 時刻は俗に草木も眠ると言われる丑三つ時。
 灯りは一切なく、小さな社は朽ち果ててまともに管理や清掃がなされていないことがわかる。
 それでも境内には雑草一本生えていないというのは、何かしら神聖な力が働いているように思えてしまう。
 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。
 さっさと所用を済ますべく、塗装の剥げた鳥居をくぐり、社へと向かう。
 さすがに賽銭をすることはなかったが、手を合わせて数秒ほどお参りをした。
 神罰というものを特別深く信じているわけではないが、この時間帯は何かしらの不穏な出来事が起こりやすい。
 リスクを軽減するという意味では、やって損のないことだった。
 もっとも、同業の者でそれを怠ったがゆえに原因不明の不審死をしたものがいるのが一番の理由だったりする。
 自分自身、思考の傾向としてはファンタジーやオカルトよりも科学や論理の気が強いと思っている。
 だが、だからといって完全に幽霊だとか超常現象の存在を否定しているわけでもない。
 そもそもの話、科学というのは身の回りに起きた現象を自分たちで定めたルールにあてはめて納得しようとするためのものだ。
 自分たちのルールの外にあるからといって、存在しないと思考放棄するのはいささか慢心が過ぎるのではないだろうか。
 もちろん、中には見間違いだとか考えすぎだとかいう事象もないわけではない。
 猟奇的な犯行というのも中には興味からする輩もいるだろう。
 ただ、それだけで科学の門戸を閉ざすのは早計ではないだろうか。
 もしかしたら、目に見えない、センサーで感じないだけでそこには何らかの物体が存在しているかもしれない。
 人間の感度など、自然界に生存する数多の動物に比べればむしろ低レベルなものだ。
 そういう少しばかり特殊な考えを持っているせいもあってか、自分はあまりこういう場所に対して恐怖心を抱いてはいない。
 きっと何かがいるのだろうという思いが、何かよくわからない者がいるという恐怖を打ち消しているのだと思う。
 もしかしたら、昔の人は本当に神という存在が見えたのではないかなどと最近は思ったりもする。
 それが、技術の進歩とともに人間の機能が退化して、見えなくなってきたのではないだろうか。
 生物という者は代を重ねるごとに進化を続けていくものらしい。
 昔は有していた能力が、いつの間にかなくなっていても、それはおかしな話ではないのだから。
 途端、周囲から音が消える。
 誰かの気配が背後に現れる。
 目の前には無人の社。
 足音はない。
 灯りの類すら感じない。
 そこで、不思議と安心感を覚える。
 ――お参りをしていて、よかった。
 少しばかり横に移動して、後ろからくる何かへとスペースを譲る。
 やっぱり、この世界は不思議と科学で満ちている。
 そう思える瞬間に、口元が緩むのを感じていた。
短編 気持ちだけでも
 優しい風に身を任せ、心を休ませる。
 それは、まるで揺りかごのように心地よく左右へ揺れる自然のリズム。
 体感だけでも遠い南国のリゾート地へ来たような気分になれ、自然と眠気が体全体へと広がっていく。
 目を閉じればそこは、喧騒とストレスに紛れた現世とはまるで違う世界。
 渇いたのどを潤すべく口にしたミネラルウォーターも、どことなく高級な味に思えてくる。
 これで、エアコンの設定温度をあと5度くらい上げたなら環境としては完璧なのだろうが、さすがにそこまで徹底する労力は自分にはない。
 だからこそ、楽をしたがるだとか面倒くさがりだとか、嫌味なことを言われるのだろうが……まぁ、その話題はひとまず置いておくとしよう。
 流すミュージックはトロピカルなものがいいか、それともラテン系のものがいいだろうか。
 全く違う方向性からジャズミュージックやクラシックというのもいいかもしれない。
 ……厳密にどう違うのかはわからないが、名称の雰囲気だけでも結構その気になるものだ。
 華やかな南国。
 一度でも行ったことがあるのなら、その印象も鮮明に思い出すことができるのだろうが、生憎そんな稼ぎがあるわけではない。
 だからこそ、こうやって妄想に夢を膨らませて楽しむということもできる。
 半分強がりも入ってはいるが、実物を知らないことによって作り上げられる部分がとてもファンタスティックなこともあるから、ないがしろにしてはいけない。
 だが、それ故に現実を知っている人から指摘を受けるという事案もないわけではない。
 折り合いというのは難しいものだ。
 ――もっとも、自分自身の妄想に誰が介入してくる余地があるというのかは不明だが。
 強いて挙げるなら、超能力者だとか宇宙人くらいだろう。
 ……こんなことを考えているから、周囲からは変人だとか言われるのだろうか。
 答えを聞くのも怖くなるような話だ。
 思い浮かべた知人からの回答は、恐らく十人中十人が変人だと言いそうだったからだ。
 いけない、いけない。
 これではせっかくの気分が台無しになってしまう。
 余計な思考を一切振り払って、再び夢心地へと自らを誘う。
 このまま眠りについたら、きっと素敵な夢が見られるに違いない。
 そう信じて――。
 だがそれは、仕事の電話でたたき起こされるまでの数分間のことだったが。
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