IPPI STYLE
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短編 夜這い
 窓の外は薄暗く、激しい雨が降り続いていた。
 それもあってか、私の声も外へ漏れ出る前に、雨音のカーテンによって遮られてしまう。
 そう、今なら誰もここへやってくることはない。
 だからこそ、彼女はこの日を選んだのだろう。
 私がどんなに声を上げても大丈夫なように。
 誰かが飛び込んで来たりしないように。
 白いベッドの上は激しく動いたせいでシーツに大きなシワができていた。
 でも、彼女にとってそんなことは些細な問題だ。
 彼女の目的はシーツではなく、私なのだから。
 それを証明するように、現に彼女はベッドの上で私に覆いかぶさっている。
 体格的にも私より大きな彼女にとって、私を組み倒すだなんて造作もないことだ。
 そんな状態であれば、普通は恐怖の一つも覚えそうなものだが、そうはならなかったのは、彼女の表情だった。
 どこか惚けているようで、高揚している表情。
 酔っている時の顔に近いのかもしれない。
 ただ違うのは、香ってくるのが酒のにおいではなくて、彼女の汗と香水の入り混じった、官能的な香りだという事。
 そんな彼女に、不覚にも色香を感じてしまった私は、抵抗する時を逸していたのだ。
 彼女と目が合う。
 瞬間、彼女の瞳が揺らぐのがわかった。
 ……あぁ、やっぱりこのまま行くところまで、行ってしまうんだ。
 そんなことをぼんやりと思いながら彼女の出方を見る。
 もう、抵抗だとか拒絶だとか、そういう事をする気は起きなかった。
 彼女だったら、別にいいかな――そんな事さえ思う自分が居た。
 でも、彼女は震える唇を開き、小さく言った。
「……ごめんね」
 その声を耳にした時、私は胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚がした。
 どうして謝るの?
 そんな風に言われたら、なんだか一方的に襲われているみたいじゃない。
 でも、それを口に出して尋ねる勇気は私にはなかった。
 彼女の顔が近づいてくる。
 彼女の胸が私の胸に触れる。
 二つの体が重なる。
 彼女の体温と私の体温が交わる。
 彼女の唇が私に触れた時、思わず私は手をギュっと握りしめていた。
 不思議と、目からは涙があふれていた。
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短編 自分勝手な大人の休日
「それではごゆるりとお寛ぎくださいませ」
 そう述べると、仲居さんは深くお辞儀をした後、障子の戸を閉めた。
 静寂と共に訪れた、完全に独りの空間。
 求めていたものがようやく手に入り、安堵の息が口から漏れる。
 まだ青々しさを保っている畳。
 きれいに磨かれたテーブル。
 窓に映し出される山景。
 忙しない都会の喧騒を忘れて過ごすには、もってこいだった。
 とりあえず、荷物を部屋の奥へと置き、窓際へと向かう。
 窓を開けると、涼やかな空気が森林のにおいと一緒に部屋の中へと吹き込んでくるのがわかった。
 見渡す限りの絶景。
 黒に近い緑が連なり、空の青色と相まって、互いに引き立てあっている。
 もし自分が画家であったなら、この光景を切り取ったかのような絵を描けていただろうが、残念ながら今の自分にはその術がなかった。
 カメラでも持ってくればよかったかもしれない。
 しかし、写真を撮ったからといって、見せる相手もいなければそれを改めて眺めると言った趣向もない。
 ……やっぱり、写真は撮らなくてもいいかもしれない。
 そんなしょうもない考えを忘れるべく、目を閉じて、自然を感じる。
 肌で感じる自然の涼。
 そして、青い匂い。
 遠くから響いてくる鳥と風のアンサンブル。
 ほんのりと感じる陽光の温かさ。
 これで清流の音でも入ってくれば完璧なのだが、世の中そう都合よくはできていない。
 それこそ、そういう場所は相場が高いと決まっているのだ。
 自分のようなしがない男一人が泊まれる所など、たかが知れている。
 ――いや、交通費をケチってもっと家から近い場所で宿をとった方が良い所に泊まれたかもしれない。
 そんなことを言うのはさすがにこの旅館に失礼か。
 自問自答を繰り返しながら、惰性に時間を食いつぶしていく。
 だが、それこそ最高の贅沢かもしれない。
 世の中、無駄な事の方が楽しいに決まっているのだ。
 夕食の時間まではまだ大分余裕ある。
 ちょっと外を散歩でもしてみようか。
 それも良いかもしれない。
 いつの間にか、自分の顔が笑っていることに気づく。
 ――どうやら、特に意識していないが、結構この地が気に入っているのかもしれない。
 それなら行こう。
 好きな事を、やりたい事を、自分の為に。
 少しばかり幼少時の冒険心を思い出しつつ、私は窓をぴしゃりと閉めた。
短編 君の笑顔に魅入られて
 一般に、お嬢様という言葉から連想されるのは、世間知らずだとか清楚だとかいうイメージだ。
 他にもゴウマンだとかワガママだとかいう印象を受ける人もいるかもしれない。
 ただ、目の前に実際に居るお嬢様は、そこからちょっとずれていた。
「ねぇねぇ、見て見て! これずっと探してたやつ! さやかちゃんの8分の1フィギュアよ! ネットで見かけてもすぐ品切れになるのよ」
 店頭のディスプレイに並んでいる美少女フィギュアを指さしながら目をキラキラと輝かせている姿は、どうみてもお嬢様のそれとは言い難い。
 もっとも、お嬢様という言葉に対して過剰なイメージを持っているだけなのかもしれないが、ここまで物欲的な反応を見せられると、さすがに疑ってしまいたくなる。
 だが、だからといって軽くあしらうような反応をするわけにもいかない。
 たとえどんな性格であっても、どんな趣味嗜好であっても、相手はお嬢様なのだ。
 変な事を言って逆鱗に触れたら、それこそ闇討ちに遭ってしまいかねない。
 それか、社会的に抹殺される危険も出てくる。
 もしくは父親の会社に圧力をかけてくるだとか、そんな可能性もないわけではない。
 ……よくよく考えたら、とんでもない輩の相手をしているのだと、自分ながら恐ろしくなってきた。
 とにかく、今はこの場を何もなしに乗り切るのが最重要だ。
「そ、そう……それはよかったね。結構な値段になってるけど、買うの?」
 そう、店頭に飾られているだけあって、フィギュアの前に置かれた値札は、学生のお小遣いにゼロが1つ、あるいは2つ追加される桁数。
 いくらプレミアがついているからって、さすがに売る気がないのではと思ってしまうレベルだ。
 ――だが、それを苦も無く買えてしまうのがお嬢様だ。
 おそらく、即答で帰ってくるであろう言葉に身構えてしまう。
 一緒に行動してきて、数々のお嬢様っぷりを見てきた自分であっても、さすがに金銭感覚の違いはダメージが大きすぎるのだ。
 お嬢様はこちらに視線を向ける。
 さぁ、言うなら来い。
 不意打ちなら血を吐いてしまいそうな言葉も、今なら耐えられそうだ。
 だが――。
「いえ、買わないわ」
「へっ?」
 予想外の言葉に思わず間の抜けた声を返してしまう。
「すごく欲しそうな顔してたのに、どうして?」
「だって、こういうのはこの場で見て楽しむものでしょう? 第一、ここの店長が可哀想じゃない。まぁ、お小遣いで買おうと思えば買えるけど」
「そ、そうなんだ……」
 どうやらお嬢様でも、店長が売る気がないというのは理解できていたようだ。
 しかも、買えるんだ……お小遣いで。
 ボディブローのような言葉に、思わず苦笑いを浮かべる。
 だが、彼女はそんな自分の苦い気持ちを汲むこともなく店内へ入ろうとする。
「ほら、早くついてきなさいよ。迷子になるわよ」
「えっ、あっ……わかった」
 ……ここまで連れてきたのは自分なんだけどな。
 でも、宝の山を目にしたこどものような、純真な輝きを放つ彼女の表情を見ていたら、それも我慢できそうな気がした。
 ――もしかしなくても、自分は彼女のことが好きになっているのかもしれない。
 そう思えたひと時だった。
短編 顔が怖い
 透明な自動ドアが開き、店内に足を踏み入れる。
 それと同時に入店を知らせる電子音が軽快に鳴り響く。
 そこへ一拍の間を置くこともなく、レジや店の奥から店員の挨拶が上がってくる。
 マニュアルはそこそこ守っているようだ。
 そんなことを考えてしまうのは、自分自身接客関係のアルバイトをしていた経験があるせいだろう。
 今でも以前勤めていた系列の店に入っていると、入店音と同時につい口を開いてしまいそうになる。
 最早これは職業病と言ってもよいだろう。
「……いや、もう忘れよう」
 過去の自分の職場を思い出すと同時に、その時の嫌な出来事も思い出してしまい、思わず顔をしかめていた。
 流れゆく時の流れと忘却を覚えた人間の脳に半分の感謝と半分の苛立ちを抱きながら店の奥へと向かう。
 通路を進んでいくと、こちらを向いていたらしき女性がとっさに顔をそむけるのがわかった。
 自分は何も関与していないというアピールをしているかのようなその動きは、逆に自分の気持ちを逆なでる。
 ……いや、違うか。
 おそらく自分の顔がおぞましい形相になっていたに違いない。
 鏡で見ていないので何とも言えないが、かなりきつい表情をしていたという事は想像に難くない。
 自分ではそのつもりはないのだが、周りからすればあからさまに不機嫌そうな顔をしているらしい。
 そのおかげで、今は天職につけているわけだが。
 ――天職といっても、この容姿を有効利用できているというだけで、一生やり続けたい仕事を見つけたというわけではない。
 定年になったらやりたかった事業を始めるとか言っていた上司は今頃何をしているのだろう。
 年からいえばまだ現役だが、早期退職をしていれば今頃四苦八苦して事業を推し進めているはずだ。
「……お、ここの棚か」
 目当ての商品が並ぶ棚に到着し、物色を始める。
 ここの店は大衆店の割に、専門店並の品揃えがあるので助かっている。
 ……正直に言えば、大衆店と専門店の中間といったようなところだ。
 できれば専門店が一番良いのだが、そこは仕方ない。
 いざ専門店へ向かうとなれば、時間も交通費も倍以上かかってしまうのだから。
 まぁ「いつもの」品があるのなら、それは大した問題ではない。
 あとは自分の腕次第でどうとでもなる。
 棚の上部をなぞるように視線を動かし、目当てのブランドを探す。
「あったあった」
 ラベル、デザイン、大きさ。
 間違いなく自分が探し求めていたものだ。
 この瞬間ばかりは柄にもなく笑みが漏れる。
 同僚からすれば、この瞬間の顔が一番怖いだとか言っていたが、それほどではないと信じたい。
 ――確かに、にやにや笑っている顔を傍から見れば恐怖そのものだろう。
 ただ、一番というのはない――さすがに。
 用事も済んだので、早速レジへと商品を持っていく。
 ポケットに手を突っ込んで、財布の準備をしながら。
 そして、もう頭の中では帰ってからのことで頭がいっぱいになっていた。
 ……これは予想だが、恐らくこの瞬間の顔が、周囲から見た一番怖い顔――だったのかもしれない。
 レジ担当の店員がギョッとした顔をしたのが、その何よりの証拠に思えて仕方なかった。
短編 届きたい、届かない
「よぉ、これで何回目だろうな?」
「さぁ? 数えるのも面倒になって忘れてしまいましたわ」
「奇遇だな。私もだ」
 そう言って互いに口元に笑みを浮かべる二つの人影。
 月光が柔らかく周囲を照らし出すが、二人の顔を完全に映し出すまでには至らない。
 ただ、かろうじて見える互いの口の動きから、双方は同じ気持ちを共有していた。
 風が吹くと、互いの衣服、髪、空気、くるぶしの丈まで伸びた草たちが一斉になびく。
 周辺に大きな建物はなく、身を隠せそうな木陰も、岩陰もない。
 正々堂々、一対一でやりあうなら、これ以上の場所はなかった。
「……っし、いくぞコラぁっ!」
「その言葉、そのまま返して差し上げますわ」
 一方は顔を激しく歪めて。
 他方はこの上ない嘲笑を浮かべながら。
 しかし、どちらも互いを叩きのめそうという殺意が全身から発せられているのは、傍目にもよくわかる。
 一気に距離が詰まる。
 それはまさに神速。
 何百、何千……いや、何万発も繰り出してきた拳は最早常人の目には認知するのがやっとの一撃にまで昇華していた。
 だが、受ける側も丸太ではない。
 こちらも何千、何万発もの拳を受けてきた身。
 とっさに身体をひねって相手の初撃を回避する。
 それも想定の内なのだろう、すぐさま踏み込んだ脚を軸にして体勢を半転させる。
 その間、1秒もない。
 空気を切る音が響いたかと思えば、次の瞬間には、突撃の勢いが残ったままでの回し蹴りを放つ。
 距離的に回避は不可能だった。
 スパァンと、空気が弾ける。
 脚に相応の衝撃を感じ、仕掛けた側の口元が緩む。
 だが、それをあざ笑う声が目の前から吐きかけられた。
「相変わらず、ワンパターンなのですわね」
 確かに当ったはずの回し蹴り――その脚は見事に相手の腕によって防がれていた。
「このやろ……」
 屈辱的な言葉に、思わず顔を歪め、鬼のような形相で相手をにらみつける。
 しかし、そんなことで相手の挑発は終わらない。
「あら、私は野郎ではございませんわ」
 そう言い終わるかどうかというタイミングで、仕返しとばかりに蹴りを入れた足を掴み、軽く放る。
 ――瞬間、人形のように体は綺麗に一回転してその場に背中から落下する。
 ドシンという重い音が響く。
「くっそぉ……」
「まぁ、悪くない攻撃でしたわ」
 相変わらずの挑発的な言葉。
 覗きこんできた彼女の表情は影になって確認することはできなかったが、嘲笑っているのは明らかだった。
「くそっ」
 せめてもとの思いからその顔に向けて拳を放つ。
 しかし、すぐに顔を上げられて拳は届かない。
「あらあら。威勢の良いこと。でも、腕だけの殴打では例え当たったとしてもダメージなんてたかが知れてますわ」
 最後の最後まで嫌味な事を言う。
 だからこそ、どうしても倒さなければ気が収まらなかった。
 涙は絶対見せたくない。
 その思いから、ぐっと唇をかんで悔しさをこらえる。
「それじゃあ、また次の機会を楽しみにしていますわ」
 それは、敗者に対する興味の欠如なのか、それとも涙を見られたくないという心を見透かしての最後のやさしさなのか。
「…………くそっ」
 どちらにしろ、地面にあおむけになりながら見上げる月夜は、切なかった。
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