IPPI STYLE
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短編 白い鳥かご
 真っ白い部屋の中。
 何もない空っぽの中で、僕は一人たたずんでいた。
 右も左もわからない。
 壁までどれくらいあるのか、その距離感さえもつかめない。
 ただ確かなのは、ここから出る方法を自分が知らないということと、自分が一人だという実感だけだった。
 立ち上がってみても、見える光景はまったく変わらない。
 そのせいで、何もないはずなのに、バランスを崩して思わず転びそうになってしまう。
 やはり、人間は目でものを見て行動してしまう生き物らしい。
 そんなことを思ったが、すぐに頭から消え去ってしまう。
 終わりなく続く白い一面は、自分の思考すら洗い落とすのだろうか。
 ただ、白という色は、無性にまぶしく感じる。
 これが白ではなく黒であったなら、今もこうして無意識のうちに細めていた目も、少しは開いていたことだろう。
 試しに歩いてみるが、すぐに壁にぶつかった。
 鼻を打ち付けるといったことはなかったが、目の前には明らかに進行を妨げる壁の存在に、手足がぶつかってしまった。
 そこで初めてわかったが、この空間には影が存在しないらしい。
 影がある前提で行動すると、壁には自然と影が映るという思い込みが生じてしまう。
 となると、やることは自然と決まってくる。
 両手を前に突き出し、壁の位置を感覚的に察知しながら、壁の終わりを探っていく。
 しかし、すぐに壁は終わりを告げた。
 終わりと言っても、そこから外に通じているわけではなく、別の壁が垂直にぶつかっているだけだ。
 ほんのりではあるが、この空間がどんな形状なのか予想はついてきたが、念のためにその後も測りつづける。
 ――結果、大方の予想通り、この部屋は四方を完全に囲まれていた。
 こんなに白に、光にあふれているのに。
 それなのに、壁で囲まれて、動けずにいる。
 いつになったらここから抜け出せるのだろうか。
 不安ばかりがいつしか胸の奥に積もり始めていた。
 今、自分がいるこの場所。
 たとえるなら、そう……とりかごが一番しっくりくる表現かもしれない。
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短編 片思いの幸せ
 恋に落ちるという言葉をよく聞くが、その意味は、やはり体験してこそ理解できるものだと思う。
 本当にそれは一瞬のことではあったが、電流が走るようなだとか、衝撃を受けるだとか、そういった激しさはまるでなかった。
 ただ、落ちるという表現はピッタリで、心の中でスッと何かが変わるような、そんな感覚だった。
 残念なのは、これが恋なのかと実感しているような余裕なんてなくて、どうしたらいいのかという困惑で心はいっぱいいっぱいになっていたことだ。
 気づけば彼女のことばかり考えてしまっている。
 そんな自分に、自分自身が一番驚いていて、でもそれが何だか心地よくて。
 今なら若いだとか、青いだとか笑って言えるのだけど、その時はもう世界のすべてが彼女を基準に動いているように見えたのだった。
 彼女の笑顔が今生の歓びで。
 彼女の仕草が何より愛おしくて。
 彼女の吐息さえも奪ってしまいたくて。
 そして、自分がこの時代の、この場所に居られることに感謝してしまうくらいに。
 人は思っていられるうちが一番幸せなのだと、誰かが言っていた。
 それは真実だと思う。
 両思いと聞くと、それだけで幸せを感じてしまえる人もいる。
 だが、幸せというのは一瞬の出来事で、いかにそれを連続的に味わい続けることができるかが大事になってくる。
 そういう意味では片思いは幸せだ。
 良い結果もなければ悪い結果もない。
 あるとすれば、どれだけ先になるかはわからない後悔を感じる程度。
 人に愛される幸せ。
 人に思われる幸せ。
 さまざまな幸せがこの世界には眠っている。
 人がいる限り、幸せの可能性はそこに存在するのだ。
 そう、人は一人ではない。
 人と人とのつながりがある限り、幸せになる方法はいくらでもあると言える。
 本当の孤独に陥ってさえいなければ――
短編 芸盗人
 今から遥か昔。
 あるところにゴンスケという名の盗人が住んでいた。
 盗人といっても、金品を盗んだりするわけではなく、人の『芸』を盗むという一風変わった趣向をしていた。
 町中で琵琶を弾いている法師も、ゴンスケが芸を盗むと、途端に演奏がたどたどしくなり、聞くに堪えないものへと成り下がり、寿司屋の大将も、途端に魚の切り分けが下手になっては、客の目を丸くさせた。
 それを見てゴンスケは声を上げて笑い、満足そうに去っていく――そんな毎日がずっと続いていた。
 町人はなんとかしてほしいと奉行所へと懇願しに言ったりもしたが、芸を盗んでもそれを罰するという法が出来上がっていなかった為、役人も顔をしかめることしかできなかった。
 そんなある日。
 とある落語家が町へとやってきて、小噺をしていた。
 もちろんゴンスケもその場へと出向き、その機会を狙っていた。
 一番いい所で芸を盗んで、しっちゃかめっちゃかにしようという魂胆からのことだった。
 そして、小噺が佳境へと差し掛かったころ。
 ゴンスケはいつものように落語家の芸を盗んだ。
 ……しかし、落語家は顔色一つ変えることなく小噺を続ける。
 首をかしげたのはゴンスケの方だった。
 手元には確かに盗んだはずの芸がある。
 にもかかわらず、落語家は一切のよどみもなく小噺を演じきったのだ。
 不思議に思ったゴンスケは小噺が終わった後、落語家へと尋ねた。
「確かに芸を盗んだはずなのに、どうして話し続けることができたんだい?」
 すると、落語家は元々柔和な顔立ちをさらに緩めて笑った。
「私のやっていることなんて、芸なんていう特別な事ではありませんよ。見聞きした面白おかしい話を、声に出して伝える。それだけです」
 落語家の言葉にゴンスケは感服し、そして落語家に頭を下げた。
「どうか、私を弟子にしてください」
「まぁまぁ、私もまだ修行中の身。そんな頭を下げないでください」
 落語家は頭を下げるゴンスケをなだめると、少し考えた後、一言放った。
「それでは、今まで盗んだ芸を返して差し上げなさい。そうすれば弟子にして差し上げましょう」
「わかりました。よろしくお願いします、師匠」
 こうして、ゴンスケは今まで盗んだ芸を元の持ち主に返し、自身は噺家として師匠と共に地方を行脚していくのだった。
短編 試される時
 うっすらと雪化粧を施した、純和風の庭園。
 今ではもうシシオドシの音も聞こえなくなってしまったが、光をまとったような白雪からは、それすらも気にならない優美さを感じられた。
 そんな光景は息をのむ美しさを体現したに等しい存在だろう。
 だが、さすがに障子戸一枚を隔てただけでは肌寒さを感じるというものだ。
 だったら上着を羽織るなり、重ね着をするなり方法があるだろうと思うのが常人の考えだが、生憎この部屋でそれをする勇気はない。
 目の前に座っているのは何を隠そう彼女の父親。
 それも自分以上に薄着で座布団の上に腰を下ろしているので、立場的にも防寒着は失礼にあたるのではと尻込みしてしまっているのが現状だ。
 もしや、自分を試しているのではと疑ったりもしたが、話し口調や仕草から察するに、単に寒さに鈍感になっているだけだということもなんとなく感じる。
 恰幅が良いと言えば聞こえは割かし柔和だが、結局のところ脂肪の鎧を着ているから大丈夫というような感じだ。
 本来ならこんな時期、こんな場所にストーブすらおかずに客人をもてなすなんてことはあるはずがない。
 いや、あるところもあるかもしれないが、この庭園を有するほどの人間が、そこまで生活に切羽詰っているだとか、もてなしの術を知らないだとか、考えづらい。
 そうなると、考えられるのはやはり自分という存在が気に入らないだとか、試しているだとか、そんなことくらいにしか思い至らない。
 というか、どうしてパイプ役の彼女がこの場に居ないのだろうか。
 ……いや、こんな寒い場所に彼女を置いておくというのも残酷な話なので、居ないのはある意味正解の対応であるといえるのだが。
 とにかく、何か話す度に白い息が漏れるのだけは勘弁してほしい。
 なんというか、視覚的に寒いという状況が認識されて、体感以上に寒く感じてしまいそうだ。
 それに、座布団の上とはいえ正座をしている身。
 足のしびれも着実にスタンバイを始めている。
 いつ大きな波が来て、両脚を攻撃してもおかしくはない。
 早く、終わってくれ……。
 そう強く願いながら、不快に思わせないくらいのひきつりつつある笑顔を浮かべて、相手の話に耳を傾ける。
 ――どれだけの時間が経ったのだろうか。
 庭園にはまた、白い衣を目いっぱい広げた小さな妖精たちが舞い降り始めていた。
短編 微妙な違い
 散歩の途中。
 そろそろ疲れのたまった両脚を休めたいと思い始めた頃。
 ふと目に留まったのは喫茶店の看板だった。
 店の名前は何やら達筆なアルファベットで書かれていたことと、自身に英語の知識がないせいでよくわからない。
 ただ、親切な事に扉に掛けられていたプレートに記されている営業中という文字を見つけられた。
 今まで利用したことのない店だが、特別待遇が悪いという事もないだろう。
 もっとも、店員の態度が気に入らなかったとしても、その時はすぐに切り上げて出ていけばいいだけの話だ。
 そうと決まると、早速扉へと手をかける。
 古びた扉は、ほんのちょっと力を入れるだけで容易く開いた。
 扉にはベルが取り付けてあるらしく、頭上から鐘の音が響いて、思わず足を止めてしまう。
 だが、音の正体がわかるとすぐに店の中へと足を踏み入れた。
 店内にはコーヒーの香りが漂い、どことなくレトロな雰囲気で満ち溢れていた。
 とはいっても、汚らしい印象はない。
 歴史を感じる佇まいとでもいうのだろうか、テーブルも床も、どこかしら懐かしさを覚えるデザインをしていた。
 アンティークか何かなのかもしれない。
 人によって違いはあるだろうが、少なくとも自分にとっては嫌いではない雰囲気だった。
「……いらっしゃいませ」
 視界の片隅に見えたカウンター席の奥から渋い男性の声が聞こえ、そこで自分がまだ入口に立ちっぱなしだったことに気づく。
 いつまでもこんなところに立っていては、さすがに迷惑だ。
「あぁ、すいません」
 とりあえず謝罪の言葉を述べ、カウンターへと向かう。
 店内に人の姿はなく、自分の足音が気持ち大きく聞こえた。
「何に致しましょうか?」
 カウンター席に着く前に店主らしき男性が訪ねてくる。
 服装はフォーマルの欠片など微塵もない、ポロシャツに半ズボン。
 定年後に前々からやりたかった喫茶店を開いてみたといった風な様子だった。
「コーヒー」
 普段は紅茶を頼むのだが、入口まで漂うコーヒーの香りから、この店ではコーヒーにこだわりがあるのだろうと思っての注文だった。
「ブレンドで?」
「えぇ、おまかせします」
 それだけのやりとりがあった後、店主は黙ってコーヒーを淹れ始める。
 店の雰囲気は気に入ったが、この店主とは相性があまりよくはないみたいだ。
 やはり人生、そう都合の良いことはそうそうないのだと、思い知った瞬間だった。
 数分後、差し出されたコーヒーは、私の舌にはいささか酸味が強かった。
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