IPPI STYLE
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
短編 交渉決裂
 とある庁舎の一室。
 広さにして十二帖ほどの空間には、殺伐とした空気が漂っていた。
 コの字型に置かれた組み立て式の長テーブルも、どこか弱々しく、この場の空気感だけで今にも崩れ落ちてしまいそうなほど。
 それもそのはず、席についているのはどれも強面の屈強な体格をした男共だ。
 しかも互いにテーブルを挟んで、対立するかのように時折牽制をぶつけ合っているのだ。
 これで空気が張り詰めない道理がない。
「……それで、どうしてもこの案件は呑めないと?」
 口元をゆがめながら、窓際に座ったグループのリーダーらしき男が尋ねる。
 齢は七十を超えているだろうか。
 顔には深いしわが刻まれ、幾度となく壮絶な修羅場をくぐってきたであろうことを容易に想像させる。
 だが、通路側の席についている方も、引く気配はない。
「無理なもんは無理やって事ですよ。受けたところで失敗したら、元も子もないでしょう?」
 年は見た目から察するに四十かその辺り。
 まだ若さの残る顔ではあるが、その眼は鋭く、相当な手練れであることは、その道に精通している者であればすぐに看破されることだろう。
 言葉と言葉のやりとり。
 しかし、その間は少し空いていて、互いに一撃ずつボディブローを入れ合う、そんな耐久勝負をしているかのようだ。
「……これくらい、そちら側の実績を見てみれば、簡単にできそうなものだが?」
 皺だらけの顔をぐにゃりとゆがめ、嘲笑交じりに尋ねてくる。
 その様はリーダーというよりも、当主や首領と呼んだ方がしっくりくるような、貫録があった。
 だが若い男もその圧力に押しつぶされるようなヤワな精神は持ち合わせてはいない。
 声を上げて笑い、冷徹な目で相手のボスを見る。
「では、どうしてそんな簡単なことをこちらに頼むのです? そちらの方が腕も名前も上でしょうに」
 張り詰めていた空気が、一瞬ではあるが動いた。
 それはそれぞれのトップがということではなく、その護衛や付き添いでやってきた輩の反応からだった。
 さすがにこのままではまずいと悟ったのだろう、皺の深い当主は、すぐさま言葉を返した。
「……なるほど。どうしても受ける気はない、と。それもいいだろう」
 どこか含みを持たせた口調でそう告げると、おのずと席を立った。
 それに合わせて同じグループに属する男たちも席を立つ。
 若いグループのリーダーは席に着いたまま、その様子をうかがっていた。
 そして、相手方が退室する間際――。
「また今度、いい案件があったら紹介してください」
 その言葉に、当主は一度立ち止まり、不気味な笑みを浮かべるが、何も言うことなくそのまま去って行った。
 部屋の扉が閉まったことを確認すると、若いリーダーはイスの背もたれに寄りかかり、小さく舌打ちした。
スポンサーサイト
短編 知らない道へ
 車で移動する事数十分。
 元々郊外の街からスタートしたこともあって、周囲の風景はあっという間に緑鮮やかなものへと変化していった。
 だが、それと相反するように道路の凹凸は激しくなっていき、下から何かに突き上げられるような感覚に、自然と疲れも溜まっていく。
 道路も舗装が徐々に雑になっていき、最後には土を固めただけのものへと変わっていく。
 道幅も狭く、本当にここが道路なのだろうかと不安さえ覚えるほどだ。
 だが、車を止めることはなかった。
 引き返そうにも、引き返すことができるだけのスペースがなかったのだ。
 バックで引き戻ることも物理的には可能だが、それを行うくらいならどこかに折り返しポイントを見つけてそこで方向転換する方がずっといいとの思いから、ただひたすらに道なき道を進んでいく。
 思えば、おかしいと気づくべきだった。
 対向車がいつの間にか消え去っていた時に。
 道幅が狭くなっていた時に。
 アスファルトの舗装がなくなった時に。
 民家や電柱といった人工的な物体が見えなくなった時に。
 何故気づかなかったのだろうか。
 知らない道であるはずなのに、どうしてそのまま進もうとしてしまったのか。
 今となってはただ後悔するばかりだが、もう遅い。
 戻れないところまで来てしまったかのように、ただひたすらに前へ前へと進んでいく。
 アクセルを踏み込む足に力がこもる。
 ハンドルを握る手に血管が浮き出る。
 前方を見つめる顔に、狂気めいた色が浮かぶ。
 もし、助手席に誰か乗せていたら、何か違っていたのかもしれない。
 ラジオかテレビをつけていたら、変化に気づけていたのかもしれない。
 でも、もうそんな考えすら頭からは消え去っていた。
 カーナビは沈黙を続け、ヘッドライトも消灯したまま暗さのある道を直進し続ける。
 ルームランナーのように、ずっと同じ場所を走り続けているような感覚だった。
 そしていよいよ疲労も最大値へと達しようかという所で、ようやくブレーキを踏む。
 車の目の前に立っていたもの。
 それは、古めかしく、珍妙な立札だった。
短編 空からアンパンが降る世界で素うどんにライムをかけて食べる
 昼の休憩時間の訪れとともに、昼食をとるべく私はビルを出た。
 ずっと屋内で作業をしていたせいか、太陽の光が思いのほか眩しく感じ、思わず足を止め、空を仰ぐ。
「うわ……こりゃあちょっと降るかな?」
 視界に一番に入ってきたのは、上空に広がる青海へ今にも襲い掛かりそうな巨大な雲の波だった。
 今はまだ頭上に到達はしていないが、あと数分もすればこの辺りもすぐに影を落とされ、太陽の光も遮られてしまう事だろう。
 だが、だからといって食事をとらずに仕事場に戻るわけにもいかない。
「……帰りまで降らないでいてくれたらいいか」
 折り畳み傘を持ってきていない事を多少後悔しながらも、足早に沿道を歩く。
 他の会社もちょうど昼飯時らしく、ランチへ向かうであろう制服姿の女性たちや、社員証を首から下げたスーツ姿の男性たちがあちこちに見られた。
 その流れに乗ろうかと一瞬思ったりもしたが、自分のような輩が混じったところで存在が浮いたものになってしまうのは明らかだ。
 ただ使われるだけの人間は、大人しく道の隅を歩くのがいい。
 そう自分に言い聞かせ、歩道の隅を進んでいく。
 目指す先は行きつけのそば屋だ。
 そば屋といっても、うどんも中々に美味で、うどん好きの私としては、幾度もお世話になっているありがたい店でもある。
 だが、今は昼時だ。
 混雑する前に席を取らねばという思いから、自然と足取りも早くなっていく。
 そろそろ店が見えようかという所まで来て、急に辺りが暗くなった。
「んっ?」
 何が起こったのか理解するのに一旦足を止める。
 そういえば、大きな雲がこちらに向かっていたが、早くもここまで到達したらしい。
 そして、目の前にアンパンが落ちてきた。
 アンパンは鈍い音を立てて歩道へとぶつかると、そのままコロコロと転がり、安定する体勢を見つけてその身を落ち着ける。
 ぶつかった衝撃で大きく変形してはいるが、中味が飛び出していたりだとか、そういう惨事にはなっていない。
「やばいな……ちょっと急ぐか」
 店へ急ごうと足を踏み出すと同時に、空から次々とアンパンが降ってくる。
 それこそ歩道や車道の区別をつけることなく、無作為に。
 自然現象なのだから仕方がないが、アンパンが降ると交通の便や歩いての移動も通常以上に大変になる。
 一番多いのはやはりアンパンを踏んだことによるスリップだ。
 私は降ってくるアンパンと転がってくるアンパン、双方に注意しながら店へと飛び込む。
 途中、いくつかのアンパンが肩や頭にぶつかったりして、屋根のありがたさというものを心から実感した。
 店の外でボトボトとアンパンが落ちる音を耳にしながら、大きく息を吐く。
 この天気もあってか、店内はそれほど混んではいないようだった。
 すると、私が入ってきたことに気づいたらしく、店の奥から声が響いた。
「いらっしゃい」
 聞き慣れた声色は、店主のものだとすぐにわかった。
 私は顔をほころばせながら、いつものメニューを注文する。
「――あいよ。ちょっとまってな」
 つゆの匂いが空腹を刺激する。
 そして、うどんを茹でる時に発する湯気、熱気。
 途中、アンパンに振られた時は災難だと思ったが、ここまで来て良かったと思えた。
「――はい、うどんね」
「ありがとうございます」
 店主に礼を言って、うどんと小皿の乗った盆を受け取る。
 頼んだのは素うどん。
 金銭的に余裕のない自分には、これでも十分な御馳走だ。
 そして小皿には二分の一にカットされたライムが置かれている。
 それを手に取って、うどんの上からギュっと絞る。
 少しかけすぎじゃないかと思うくらいに入れるのが私流だ。
「いただきます」
 ライムを箸に持ち替え、うどんを一気にすする。
 口内にライムの酸味が広がり、湯気によって鼻の奥まで伸びていく。
 思わずむせそうになるが、そのすぐ後から出汁の塩味や甘味、旨味が広がってくる。
 そして後味もさっぱりとしたもので、すぐ次の一口が欲しくなってしまう。
 気付けば、鼻水が垂れそうになるのも気にせず、一心不乱にうどんをすすっていた。
 粗方うどんを食べ終えたところで、ティッシュで鼻を拭う。
「ごちそうさまでした」
 食器を返却しつつ、勘定に入る。
 店内に人の群れが押し寄せてくるのが気配でわかった。
 どうやら、アンパンはもう降りやんだらしい。
 道端に転がったアンパンをどうよけて会社まで戻ろうか、うどん代のお釣りを受け取りながらぼんやりと考えていた。
短編 乾いていく大地
 枯れた荒野はいつ見ても痛々しく、途方もない喪失感に胸が苦しくなる。
 それでも事あるごとにこの地へと足を運んでしまうのは、もしかしたら何か変化があるのかもしれないというわずかな希望からだった。
 元々緑の少ない地域ではあったが、今のような草木の一本も生えないような場所ではなかった。
 それが今では砂漠も同然。
 大地は所々ひび割れ、川だった場所はただの大きなくぼみと化している。
 水気を失った大地は、容赦なく砂を巻き上げてはそこを訪れた生き物に手厳しい洗礼を与えてくるのだ。
 風の気配を感じ、急いで顔回りを布を押さえ、内側へと砂が入り込むのを防ぐ。。
 目元まではさすがに防ぎきれないので、目を閉じるか細めるといったことはするが、それでも露出した肌は格好の餌食だ。
 猛スピードで駆け抜けていく砂礫。
 日焼けで弱った肌にためらいなくぶつかってくる砂は痛みも一層強く感じる。
 風の群れが過ぎ去った事を肌で理解すると、ようやく口元の布を外す。
 耳や鼻、口といった穴に砂が入り込むと病気や炎症の原因となるから、外出時は極力防いだ方が良い。
 理屈はわかっている。
 しかしながら長時間この布を巻いていると、息苦しさもそうだが、何より吐息の湿気を布が吸って、それが口周りにくっつく。
 それが自分にはどうしても耐えられなかった。
 日常的にそうして過ごしている人間ならともかく、自分がこの格好をするのはこの地に向かう時のみだ。
 若さゆえに我慢が足りないという人の言い分もわかる。
 彼らの言葉を借りるなら、若いのだから自分はこうするしかないのだ。
 筋が通っているのか通っていないのかもわからない理屈。
 乾いた空気が湿った口元を乾かしていく。
 水分を奪っていく。
 天然の脱水機とでもいうのだろうか。
 本能的に危機を感じ、口元に布を再びあてがう。
 再び感じた布の感触は、驚くほどにサラサラだった。
 接触面に隙間がないことを確認しながら、再度目に映る風景を注視する。
 広がっているのは、相変わらずの見慣れた絵面だった。
 これ以上ここに居ても収穫はないだろう。
 そう結論付けると、すぐさま踵を返し帰る準備に入る。
 自分には帰るべき場所がある。
 だからこそ、無理はしてはいけない。
 それが、この地で生きていく者の最低限守るべきルールだ。
短編 隠し通路
 地下へと続く扉を開くと、生温かく、湿った空気が立ち上ってくるのを感じた。
 そのかび臭さに思わず顔をしかめてしまうが、我慢できないほどではない。
 ただ、いかにも健康を害しそうで、できることなら長居はしたくないというのが本音だ。
「どうかしましたか?」
 背後から声が上がる。
 ここまで連れてきてくれた、案内役だった。
 自分が動きを止めたことに疑問を覚えたのだろう。
「いや、何でもない。ただ、ちょっと暗いみたいでな――」
 扉の奥は真っ暗で、明かりらしきものは一切なく、入り口付近の壁の様子がぼんやり見える程度だった。
 こういう通路には、普通照明か何かが常備されていると思っていたのだが、ここではそうではないらしい。
 これでは先に進むのも慎重にならざるを得ないだろう。
「あぁ、すいません。もうここに誰かが来るだなんて思ってなかったので……」
「なるほど。防犯の為……か」
「そういうわけです」
 話を聞いて納得した。
 確かに、わざわざこんな暗い穴の奥へと進んでいこうという気にはならない。
 しかも照明器具すらないのであれば、ここが通路として機能しているだなどとも思わないだろう。
 とりあえず、先に進むには足元の安全を確保しなくてはならない。
 少し先へと足を伸ばし、体重を掛けられる場所があることを確認する。
 それから体を通路の中へと移した。
 先ほどよりも幾分通路の様子がわかるようにはなったが、それでも奥の様子はわからない。
 しかも、地面を雑にくり抜いたような造りなので、いつ崩落してもおかしくないような、そんな不安も少しではあるが抱いてしまう。
「立てましたか? では、こちらをお使いください」
 案内役からランプを受け取ると、途端に周囲に光が満ちる。
 通路は最初の印象よりもいくらかマシにはなったが、壁もボロボロで足元には地上から伝ってきたのかあちらこちらに水たまりができていた。
「さぁさぁ、いきましょう」
 こちらの心の準備などおかまいなしに、案内役は扉を閉じる。
 閉鎖された空間に扉の音が響き、ランプの炎が揺れた。
 漂う空気も不思議と重くなって感じる。
 しかし、ここまで来たならもう進むしかない。
 意を決して通路の奥へと歩みを進める。
 二つの足音と水の滴る音を聞きながら、長い通路はどこまでも続いていた。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。