IPPI STYLE
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短編 日没の瀬戸際で
 終業のチャイムが鳴ったのはどれほど前のことだろう。
 そう感じさせるくらいに、現在自分が直面している世界は、時間軸という概念から切り取られたみたいに穏やかだった。
 喧騒も何もない。
 ただ自分だけが、まるで昔の映画のフィルムをその箇所だけ切り取ったみたいに、周囲とのつながりが希薄で、孤独で、平穏だった。
 でも、決して目の前の世界は寂しくはなかった。
 白黒でも、セピア色でもない――どちらかというと茜色に染められた世界。
 机も、イスも、教壇も。
 黒板も、蛍光灯も、天井も壁も床も。
 すべてが窓から入ってくる西日にデコレーションされている。
 扉につけられた窓からのぞく、廊下の景色までもが色鮮やかだった。
 もちろん、自分自身も例外ではない。
 この自由に動く右腕も。
 どこかから吹き込んできた風で流れる前髪も。
 今ではもうすっかり身体にピッタリなサイズになった制服も。
 もしかしたら、自分の背後に潜んでいる影でさえも。
 おかげで、自分もこの世界を構成する一つの要素なのだと思えた。
 皆がまばゆく輝く世界では、その光の陰に埋もれてしまう自分であっても、ここでは違う。
 この世界では平等に皆が同じ立場で、同じ役割を担っている。
 優位も差異もない、平等な世界。
 誰一人として欠けても成立しない、何一つ欠けてもいけない存在。
 この場所こそが、自分が今まで探し求めていた場所なのかもしれない。
 しかし、そんな世界でも時間は永遠ではない。
 日は次第に沈み、短くなっていく日差しが、もうじき夜がやってくることを知らせてくる。
 ――そろそろ帰らなければいけない。
 それは自分が学生だからとか、そういう理由ではなくて。
 自分の居場所が日没とともに消え行くからだ。
 温かな色に染まっていた教室は、もう半分以上が寒々しい色に侵食されつつあった。
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短編 ゲームクリエイト
「おつかれ~」
「あぁ、お疲れ様~」
「うっす」
 その声が聞こえたと同時に8帖ほどの小さな部屋からは彼女を迎え入れる男性の声が上がる。
「もう、また散らかして……ちゃんと帰る時は掃除してよね」
「――善処します」
「は~い」
 靴を脱ぎ、上履き用のスリッパに履き替えながらその女性は不満げな表情を浮かべる。
 きちんと自分の履いてきたヒールを揃える辺り、割と几帳面な性格なのだという事がうかがえる。
 そんな彼女に対して、二人の男性は軽くあしらうように軽い相槌を返すばかりだ。
 きっと毎回このようなやりとりをしているのだろう。
 ――とはいえ、女性が言うのももっともな話で、部屋の中は彼らが持ち込んできたであろう包装紙やらビニールやらのゴミが乱雑に転がっていた。
 ゴミ箱らしき筒もないことはないが、生憎今は一目でわかるほどにゴミが山盛りになっている。
 救いだったのは、生ごみだとか強い臭いを発するものがなかったことと、窓が大きく開け放たれていたことだ。
 そうでなければ、この小さな密室空間は小さな実験棟みたいになっていただろう。
 いや、実験棟というよりも実験カプセルとでも言った方がより悲壮なイメージがわくか。
 だが、女性が文句を言ったのは最初だけで、一度下足場所の敷居をまたぐと、すぐさまいつものの席へと向かった。
 部屋の中には玄関から遠い三つの隅に小さなテーブルが置かれている。
 互いが背を向けるように、テーブルの上にはパソコンが置かれ、現在も他の二人は熱心にディスプレイに視線を向け、キーボードで何かを打ち込んでいる。
 その動きは流れるように滑らか――とまではいかなかったが、それなりに手慣れた様子が見て取れる。
「――で、どこまで進んだ?」
 パソコンを起動しながら女性が訪ねる。
「とりあえず最初の部分のコードは終わってる。中盤から終盤は素材がないからまだ――」
「了解。急がせるわ――で、そっちは?」
「まだ。つーか終わるわけないじゃん」
「いいから、どこまで進んだかだけでもいいから教えて」
「……物量は一割くらい。冒頭の部分だけなら半分くらい」
「――ありがと。来週までには冒頭終わるようお願いね」
「はいはい。あ――そういやこの前もらった素材だけど、手直し頼むよ。サンプルのデザインと色が違う」
「え……マジで?」
 露骨に嫌な顔をする女性。
 一方男性陣は淡々とした様子で大きくうなずく。
「あっちゃぁ……ごめん。どの素材?」
「えっと……確か3番だったっけ?」
「――3番と4番」
「二つもか……きついなぁ」
「だったらもっと人数増やそうよ。こっちもギリギリなんだから――」
「……善処、します」
 その女性の言葉に場に苦笑が生まれる。
 体験版の配布予定まであと一週間。
 ギリギリの活動が、今日も続く。
短編 カンヅメ
「おいっ、これで全部かっ!」
「あぁ、閉めてくれ――」
 怒号ともいえる荒々しい男の声でのやりとりが聞こえたかと思うと、激しくドアが閉められる音が響いた。
 物陰で荒くなった呼吸を整えていた私は、ほんの少し顔をのぞかせて出入口の様子をうかがう。
 ドアの周りには、大柄の男たちが大小さまざまな机だとか重そうな作業機械だとかを積み上げていた。
 バリケードを作ろうとしているのだろう。
 その様子を見て、ようやく安堵の息が漏れる。
 ここは偶然近くにあった、小さな作業所のような建物。
 別に知り合いの所有物というわけでもなく、自分自身も中で何をしているかもわからないような、本当に『その時偶然近くにあった建物』だったのだ。
 普通であれば、用事もなくそのような建物へ入ることなどないものだ。
 そこへどうして自分がいたのかというと、信じがたいだろうが、追われているからだ。
 ――俗にいう、ゾンビとかいう輩にだ。
 正確にはゾンビなのかどうかもわからない。
 ただ、ゲームだとか映画だとかで見るゾンビのイメージに限りなく近い状態だったからそう呼んでいるだけだ。
 では、何でそんなゾンビが生まれたのかという流れになるのだが、正直そんな事はわからない。
 自分が生み出したわけではないのだから当然だろう。
 唯一確かなのは、現にこうして無事な人間とゾンビとの間で生命のせめぎ合いをしているという事だ。
 実際捕まったらどうなるのかはわからないが、何事もなく解放されるだなんてことはありえないだろうし、そんなハイリスクな行為は絶対にしたくはない。
 ……とにかく、紆余曲折あってこの作業所らしき建物に逃げ込むことができたのは御の字だった。
 ただ、絶え間なくドアを叩く音が聞こえてきて、不安は若干残る。
 安堵など本当にひと時なのだと痛感する。
 とにかく、今は体力を回復させるのが最優先だろう。
 心拍は相変わらず激しいままだったが、全力疾走していたころよりは大分マシだ。
 ただ、平穏を取り戻すのは当分は無理だろう。
 改めて作業所の中を見回すと、自分以外に大柄の男が数人――おそらくここの作業員なのだろう、皆似たような作業着を身に着けている――と、自分と一緒に逃げ込んできた小柄な女性が一名、更には営業回りの最中だったと思われるスーツ姿の男性の姿が見えた。
「一応、非常用の食料品とかはあるが……これ、もつのか?」
 作業員同士の小声での会話が聞こえてくる。
 ――そう、いつまでもここに居られるという保証もない。
 誰かしらが助けに来てくれるまで、自分たちはここに閉じ込められているとも見ることができるのだ。
 今日は、人生で一番長い一日になりそうだ。
短編 手料理という名の恐怖
 キッチンからにおってくるのは、芳醇な香りでも、スパイシーな香りでも、脂がとろける香りでもなく、どこか危険を感じる、くすぶった香りだった。
 いや、香りと呼ぶのも正直躊躇われるほどで、もしかしたら炭くさい空気とでも言った方がよいのかもしれない。
 とにかく、キッチンで現在作製されているのは、少なくとも自分が手放しに喜べる料理ではないという事だけは明らかだろう。
 本当であれば、今すぐにでも逃げ出したい。
 だが、それは不可能だ。
 数の力というのは偉大なもので、精神的に逃げ道を塞ぎ、逃げた後でもそれを引き合いにしていつまでも責め続けてくる。
 そのリスクを知っているからこそ、今ここで身を粉にしてこのいつ訪れるかわからない苦行を耐え抜くという選択をせざるを得なかったのだ。
 逃げられないのなら、少しでもキッチンに入って被害を最低限に抑えられないかと試みてみたが、こっちに全部任せろと言われ締め出される始末。
 今や、刑の執行を待つかのような心地だ。
 一体どんな料理が運ばれてくるのか、せめて食べられるものであってほしいと内心祈りながら、テーブルに着いている。
 それでも、嫌な予感というものは自分がどんなに考えないようにしようとしても、当たってしまうものだ。
 というか、キッチンから漂うスモーク臭が食道にまでやってくるというのは、いろいろ問題ではないのだろうか。
 ……個人的には何かの手違いで調理が中止にでもなれば救いなのだが、それは楽観的かつ希望的だろう。
 そして、無情にもその時はやってくる。
 気のせいかもしれないが、その焦げっぽい臭いがどんどん強くなっているみたいだった。
 それは、何を意味しているのかというと、その料理らしきものがこちらへ向かっているという事で――。
 口の中の水分がいつの間にか蒸発して、カラカラになっていた。
 本能的に危機感を覚えているのかもしれない。
 きっと今の自分の顔はいびつに笑っている事だろう。
 彼女に不審に思われないか、それだけが不安だ。
 そんな事を考えている内に最後の扉が開かれる。
 より一層強く鼻に着く炭素の香り。
 そこに自分は、食欲を生み出すことはできなかった。
 しかし、料理を生成した本人はそんなことなど関係ないのだろう。
 彼女には見えていないだろうが、今自分はものすごい量の汗が背中に流れている。
短編 邸宅に呼ばれて
 相手は豪邸の主という事もあって、ある程度の覚悟はしていたが、通された客間は自分の予想をはるかに超えるものだった。
 やはり人間の想像力というものは限界があるらしい。
 なんというか、一言で言い表すのは難しいのだが、とにかく豪華で部屋全体が煌めいて見えるといった感じだろうか。
 部屋の広さだけでも学校の教室一つ分はあって、柱や壁に汚れも見られない。
 毎日かそれに近い頻度で丁寧に掃除がされていなければ、ここまでの清潔感は得られないだろう。
 更には壁に掛けられた小粋な絵画や、アンティークものと思われる家具が重厚な雰囲気を醸している。
 部屋の中にある物の、いずれもが高級品であるのは素人目にも明らかで、万が一壊してしまったりしようものなら、それこそ一生をその弁償に費やさなければならないのではないだろうか。
 ……そう考えただけで、うかつに部屋の真ん中から動けなくなってしまう。
 立っているだけで緊張するという経験も、一生のうちに数回しか立ち会うことはないだろうが、その数少ない機会に遭遇してしまったことは、嬉しいような、悲しいような、どうにも表現しがたい感覚だ。
 しばらくこちらでお寛ぎくださいと言われても、その言葉をそのまま受け取るには、自分の人生経験は貧しすぎる。
 逆に、ここでの生活に慣れたら慣れたで、日常的な感覚も色々と崩壊してしまいそうで怖いが……。
 とりあえず、じっと立っていてもむず痒い緊張感にさいなまれるばかりなので、部屋の中を歩いて時間を潰す。
 念のため、触って壊したりしないようある程度の距離を空けながら、調度品の数々を見て回る。
 芸術に関しての知識はほぼゼロに近いのだけど、何もしないよりはマシだ。
 それに客間に一人放置するというのは、それほど長時間待たされるという事ではないだろう。
 意外とこういう邸宅では客人の扱いにはうるさかったりするものなのだ。
 ……ただ、ここの主がそういうスタンスを持っていればの話ではあるのだけど。
 若干そわそわしながら、たぶん海外の画家が描いただろう謎の抽象画を首をかしげてみていると、部屋の扉が開かれる音が聞こえた。
 ようやくこの緊張感から解放される。
 その思いから顔を上げた。
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