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短編 必要から不必要に
 教壇に立つ教師の声に抑揚はなく、ただ文章を読み上げるだけの機械のようだった。
 数分だけであるなら別にいいのだが、まるごと50分間それが続くとなるとさすがに眠気を抑えきれない。
 口が開いていないのだろう、教師の声が篭って聞こえ、うつらうつらとした意識の中ではもう言葉という体裁をなしていなかった。
 もう、これで寝るなという方が無理な状態だろう。
 現状で寝ていないのは話を聞いている生徒ではなく、他教科の課題をやったり隠れてマンガを読んだり、教科書の課題を勝手に解いているような輩だ。
 退屈な授業。
 教科書をなぞって読み上げ、教科書の通り例題を解き、再び次の章へと移る。
 正直言うと、生徒がやっても大差ないだろうと思えるような授業内容だ。
 それでいてテストの成績が悪いと生徒の方を責めるような言い訳を始めるのだから、意味が分からない。
 教科書を読むだけで理解ができるのなら、教師は不要だろう。
 むしろ教師自体が教えていることの内容を理解できているのだろうかという不信感さえ覚える。
 だが、かといってそこに食って掛かるような馬鹿な真似はしない。
 そんなことしても何の得にもならないというのはわかりきっているからだ。
 簡単にいうなら時間の無駄。
 生徒一人の意見で教え方を変えるような教師であるなら、こんな退屈な授業をやっているはずがない。
 まぁ数学や物理といった科目ならまだいい。
 これが歴史だとか生物だとかになると、ほぼ暗記だ。
 暗記する対象さえ教えてもらえれば、それを授業で伝える必要もないと言えるのではないだろうか。
 ――というか、江戸より前の歴史を習う必要性って何だろう。
 この国の歴史は長いらしい。
 それでいて、そのすべての年代について授業をするというのだから他国に比べて明らかに積載量がオーバーしているはずだ。
 もっとも、大人になったらきれいに忘れるのだから、受験の時に覚えてさえいればいい話ではあるのだが。
 何のための勉強か。
 大学に受かる為の勉強なのだが、大学に受かったところでいい会社に入れるわけでもない。
 昭和の大学生様とは扱いが全然違うのに、大人たちはその栄光を拝み倒している。
 過去に学ばない人間がどうなるのか、それは目の前の大人を見れば、明らかだ。
 大きなあくびが漏れるが、声を出すのはギリギリでこらえた。
 ――それでは夢の中に入るとしよう。
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