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短編 地球の上で遊ばれる
 灼熱の太陽と、そこから降り注ぐ日差しを受けて、コンクリートやアスファルトはますますその温度を上げていく。
 それ故に、人々は屋外に出たがらず、やむを得ず外出する人々もその出で立ちは薄着が多い。
 だが、そんな地上に比べて地下はというとまるで別次元にいるかのように涼しかった。
 とはいっても、そこは一長一短で、地上のモノに比べ明かりや空気の澄み具合といった部分はどうしても劣って感じてしまう。
 もっとも、人間というものはそういった部分を念入りに比較して生きているのはごく一部で、大概は案外いいかげんだったりする。
 単純に暑いのが嫌だという理由だけでここの地下街にやってきている人もかなりの数がいるだろう。
 人間がいるということは、それだけ熱源が増えるという事もである。
 人間は恒温動物だ。
 いくら地上より涼しいからといって地下に集まると、徐々にではあるが空気が温まってくる。
 直射日光がないだけマシではあるが、純粋に温度だけ見れば地上も地下もそれほど違いがないのではないかと思えてくるほどだ。
 地下街には飲食店も多いし、湿度も若干ではあるが高めになっている。
 体感の暑さでいえば、地下はじめっとした感覚が強く、地上は熱さこそあるが日陰ではもしかしたら地下よりも涼しいかもしれないといった具合だ。
 動物は自らが住みよい環境を求めて、自分自身が移動を行う。
 ところが人間の場合は、自分たちが住みやすいように環境自体を作り直してきた。
 にもかかわらず、こうした屋外の空間だけは自分たちにとって都合の良いように変化させることができずにいる。
 いかに人間が大きな力をもってしても、覆せない部分が、自然にはある。
 それこそ、仏の手の平の上で踊らされている滑稽な猿のように。
 小さな知恵を振り絞って、その場しのぎの策を練る。
 上を見てばかりでは終わりは見えない。
 少し、いや、現状を一旦忘れ、大きく離れた視点からすべてを見渡して見なければ、大局を見誤るのは目に見えている。
 今こそ、冷静かつ客観的に自分たちの存在意義を再確認すべき時なのかもしれない。
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