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短編 狼狽
「――へっ?」
 電話口であるにも関わらず、私は思わず間の抜けた声を上げてしまった。
 それは決して、自分が気負いすぎて、拍子抜けしたなどということではなくて、まったくの真逆だった。
 父親が倒れた――その連絡を、何の前触れもなく知らされて、平静でいられるという方が無理があるだろう。
 元々、父親とはそれほど仲が良いというわけではなかった。
 俗にいう仕事人間だったし、顔を合わせる機会というのも朝方の忙しい時間帯だったり、休日の午前中だとかその程度だった。
 そういう事もあって、何かあったとしても大して驚いたり悲しんだりすることはないだろうと、自分自身思っていた。
 だからこそ、衝撃を受けている自分に自分で驚いて呆けてしまっていることが意外だった。
「そう……わかった。それじゃ」
 電話の向こうでは母親が深刻そうな様子で事の次第を伝えてくれたが、それにろくな相槌も打つことができないまま、通話を切っていた。
 頭が回らないというのはこういう状態のことをいうのだろうとぼんやり思いながら、中空を見つめる。
 そこには何もないのだが、どこを見ていいかわからない私にとって、その場所以外に目のやり場がなかったというのが正直なところだ。
 もし、これが椅子だとかソファにもたれかかっていたのなら、きっと立ち上がるどころか身体を起こすこともできなかっただろう。
 ただひたすらに、呆然としながら部屋の真ん中に立ち続ける。
 時間感覚なんて消失していた。
 ゴトッという固い物音に反応して急に意識が覚醒する。
 何事かと思って足元へ視線を落とすと、そこには手中にあったはずのケータイが転がっていた。
 どうやら手の合間からすっぽりと抜け落ちてしまったらしい。
 慌ててかがみ、拾い上げる。
 ディスプレイに傷はついてないらしく、安堵の息を漏らす。
 そう、とにかく今は落ち着くことが大事だ。
 別に大したことじゃない。
 ただ父親が倒れただけなのだ――別に命を落としたわけではない。
 自分に言い聞かせ、納得させようとするが、どうにも胸の辺りがざわついて落ち着かなかった。
 口の中が乾く。
 口どころではない、喉も胃も、もしかしたらそのほかの臓器まで、体内のすべての器官が乾燥してしまったのではないかと思えるくらいだった。
「と、とりあえず……水を――」
 キッチンに向かい、簡易浄水器付きの蛇口をひねって水を出す。
 グラスに溜まっていく水が待ちきれない。
 半分くらいまできたところで蛇口を締め、一気にグラス内の水を煽った。
 しかし、自分の口内の容量以上に注ぎ込んでしまったらしく、口とグラスの隙間から溢れた水がこぼれ落ちる。
 結局、グラスの中は空になったのに、その多くは衣服を濡らし、キッチンの床へ水たまりを作るだけに終わっていた。
 ――頭を冷やした方がいい。
 そう思いながらも、私は目の前に広がる濡れた床を眺め続けていた。
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